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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(168)

 それをご確認された『大日如来』さま率いる豪華仏装集団と、勝利を確認して、夢幻像の過去のジャングルから戻った完全仏装の天王大集団は一つの観音様を残してローランジア条心寺別院(架空)から霊香と『ゴ、ゴ、ゴーーーン!』と風雲を残して消え去った。
 豪華な仏装集団に腰を抜かしていた古川記者が自慢の高級腕時計を見て、
「あっ、時間切れだ! 我々は・・・、はたして樋口さんとの約束事は守れたのか。この運命はいかに・・・」解説者調に叫んだ。
 古川記者の『時間切れ』の言葉で、仏の六神通力の一つ、将来をも見透す天眼通の術と、千里眼による合作夢幻像も消えてしまった。
 ローランジア条心寺別院の本堂は緊張感に包まれた。黒澤和尚は渾身の祈りと集中力で法行を続けた。
 中嶋和尚は、悟り始めた密教の六神通力で小川と村山羅衆に森口逮捕を願おうとしたが、二人の羅衆もローランジアの本堂から姿を消していた。
 日本時間の約束時間の午前零時の運命の時から、十分が過ぎた。
 更に、三十分が過ぎたが、なんの反応も起こらなかった。黒澤和尚と中嶋和尚は座禅を組んだ。
 本堂に集合した大勢の精霊や羅衆達も息をこらし運命の裁断を待った。

第三十二章 武天(ぶてん)

 一時間が過ぎて、本堂の蛍光灯が二、三回瞬きして消え、本堂は全ての自然の万象から隔離された暗室となった。
 それから一分経って、チラリと天井から一筋の光が射した。その光がしだいに幅を広げると、心地よい霊香を漂わせて観音像が現れた。良く見ると、東洋街の『ポルケ・シン』食堂に居座る『聖観音』(ひじりかんのん)であった。本堂の精霊や羅衆達から《うぉ~》と、どよめきが起こった。それに向かって、
《皆、よく我意を押し通され、尊敬の意、大するところ。『聖正堂阿弥陀尼院』は大過を逃れ葬頭川(そうずがわ、三途の川の別名)を無事超へもうされ、吾、安を覚える。ここに、梵名『武羅道流(ぶらじる)守天』、俗名『井手善一』和尚を、南米四方、更に天尊方(あまぞんぽう)の武天に任ぜ、サンパウロ市の東洋街の平和を司り、吾、祝心となる。吾は補陀落山(ふだらくさん)に一時の修行に参る。皆、それまで達者であるよう》包み込むような暖かい光に呆然となった古川記者に取材のチャンスも与えずに『スーッ』と修行に補陀落山へお発ちになった。同時に蛍光灯が点き、本堂内が明るくなった。
《うわ~!》精霊や羅衆達はとび上がり、抱き合い、めちゃくちゃに喜んだ。
 それと、入れ違いに『天尊方武天』と『武羅道流守天』の二つの名の下に任を命じられた井手善一和尚が現れた。中嶋和尚、黒澤和尚に一礼して、本堂で喜びに沸く精霊達、それに混じったパウロ羅衆をまとめ、彼等が待ちに待った安堵浄土へ引率して消え去った。

 中嶋和尚の身体の疲労の度合いから見ると、数日間が過ぎていた。痩せ細った中嶋和尚が、
「黒澤和尚、有難うございました」
 中嶋和尚と同様に痩せ細った黒澤和尚も、
「お互い、よく頑張りましたね」そう言って二人は労いあった。
 古川記者も、
「ジョージおめでとう!」
「古川も、取材によく頑張ったな」
 ジョージには珍しく皮肉を入れて古川記者と握手を交わして喜び合った。その横で、全魂を使い果たした中嶋和尚はうつ伏せに倒れ、黒澤和尚も気を失っていた。

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