ホーム | 文芸 | 連載小説 | 日本の水が飲みたい=広橋勝造 | 連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(45)

連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(45)

ニッケイ新聞 2013年11月19日

 窓側の中嶋和尚は、日本の援助を受け、荒野を切り開いて造られた丸や長方形の幾何学模様に区切られた大規模農場を眼下に、一時間ほど外を眺めていた。それが次第に単調な牧場の緑の絨毯に変わり、いつの間にか密林の海に変わっていった。その中に蛇行しながら太陽の光を反射して煌めくアマゾン河の支流が雄々とあった。
 地平線まで無限に広がる壮大な密林は、侵入者を拒絶するのではなく、逆に包み込み、そして、時間も空間も絶対ではなく、神の洗礼をも不要とした想像以上の超自然の世界があった。中嶋和尚は、そのブラックホールの様に何もかも吸い取ってしまうかのような世界に『仏の心を布教せよ!!』と、挑戦する自分に身震いした。きっと、西谷も昔、目的は違うが、このジャングルへの挑戦に身震いしたのであろう。
 そう感じた時、眼下に拡がる『緑の地獄』が、『天道』の幻の楽園、天空の庭であるかの様に中嶋和尚を魅惑した。

 ブラジリアを飛び立って三時間後、パイロットの大胆な操縦で飛行機は翼を左に傾け、まるで緑の海に墜落するかのように急に高度を下げた。
【(乗務員へ、着陸許可確認、五分で空港に着陸)】と機長の業務アナウンスがあると、乗務員が、
【(五分で、ベレンのバウデカンス空港に到着します。座席の背を正常位置に戻し、ベルトをしっかりと締めて下さい。現地の気温は四十度、晴天です)】とポルトガル語に続いて英語のアナウンスもあった。
 乗務員が乗客のベルト着用を確認して回り、乗務員用の折りたたみ式の席に着きベルトを締めると、飛行機は速度を極端に落し着陸態勢に入った。
 窓から見えるのは密林だけで、密林に不時着すると思った瞬間、滑走路の端が現れ、エヤーバス機はヒヤッとするくらいふんわりとバウンドを二回繰り返し着陸した。
 中嶋和尚は急激な気圧の変化で鼓膜が圧迫されてほとんど聞こえず、西谷の言っている事が一向に理解出来なかった。聴覚を失った体はリズム感を失くし、時間が歪み、一瞬、身体が浮遊している様な不思議な世界に陥った。
 中嶋和尚はあくびをしてその不思議な世界から脱出を試みた。鼓膜内の気圧が外気と調和した。
「・・・嶋さん、外の温度は四十度だそうです」
「えっ?」途中から聞こえた言葉で、はっきり意味が汲み取れなかった。
「外気の温度が四十度だそうです、相当暑いですよ」
 中嶋和尚はやっと感覚が正常に戻った。
 エンジンは止まり、機体にタラップが寄せられ、ドアが開けられた。西谷が言ったムッとする熱帯特有の湿った熱気が機内に吹き込んだ。それに追い出されるように乗客が先を競ってドアに向かった。

image_print

こちらの記事もどうぞ