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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=70

 農業を営む青年に嫁いだ花嫁のほかに、町で暮らす花嫁もこの歌のような生活からはじまった者の多いなか、小南ミヨ子著「海外に飛び立つ花嫁たち」の中の話には、いきなり成功者の妻となった花嫁のことも紹介されている。サンパウロ市で種子商を営んでいるS氏と結婚をしたS・Yさんである。取材をお願いすると、
 「私にも他の人と同じように、いろいろありましたよ、良いことばかりではないですよ」と応じてもらえなかった。
 そりゃそうに違いない。他の人達とまた違った苦労が、いろいろあったに違いない。Y夫人とは、狭い日系コロニアの中で、共通の友人を持ちながら出会うことなく現在にいたり、間接的にそのお名前と噂は聞いていた。誰もが、
 「幸運な人よ、はな初めから成功者の奥さんになった花嫁なんて、めったといるもんですか」と口を揃えて言っていることを書き添えておこう。
 小南ミヨ子女史がサンパウロに来てS家を訪ねたとき、Yさんは四十九歳であった。いまは七十歳になっているはずの彼女に会う機会は、思いがけないときに、思いがけない所であり「日系コロニアは狭い」と再認識したものである。
 二〇〇七年七月頃だったか、サンタ・クルス病院の待合室で、一世の香りがぷんぷん匂う佳人が私の真向かいに座った。しかし、日本から来たばかりの一世ではない、コロニアに永い人のイメージが強いなと感じ見ているうちに、この人は電話で私の取材を断ったS・Yさんだと直感で判断した私は、このチャンスを生かさなければと思った。そしていきなり、
 「Sさんでしょう?」と声をかけた。私の感はピタリと当たり、診察で呼び出されるまでの短い時間ではあったが、話をすることができた。ご主人のS氏は亡くなり、種物会社は息子にまかせ、広い家に独り住まいをし、
 「孫たちが泊まりに来てくれるのが楽しみですの」と伺って、その幸せな老後の断片を知ることができた。

 私が知るもう一人の花嫁は、先妻をなくした成功者が訪日し、後添えとして花嫁をさがした話である。その花嫁は子供のころから体が弱く薬漬けのような育ちのため、副作用で体中の色が薬焼けのように黒くなり、お嫁に行けなかったそうである。
 「そんな私に、ブラジルに行けば色の黒いのは当たり前、日本みたいに色の黒いのは七難隠すと色白を好み、難癖つける人間はいないと、もらてくれて来てみたら牧場主でしたのよ。歳が離れていましたから早く亡くしましたが、先妻の息子や娘たちも理解があり優しかったのです。その後私は町に出て住み、なに不自由のない余生を送っています」と聞かされたことを思い出した。

 「海外に飛び立つ花嫁たち」の最後の方に、コロンビアのカリ市に移住し、家電製品販売会社を経営しているMさんのことが書かれている。それが出版された昭和六一年当時には二五〇人もの現地人を使っていた。さまざまな苦労を重ねた末に、現在の成功を手にした理由を聞かれて、「やはり家内の内助の功といいますか、家庭を立派に守ってくれたお陰で安心して仕事に打ち込めました」とMさんは語っている。
 Mさんの周辺には、十人ほどコロンビア人と結婚した知人がいるそうだ。当人達は語りたがないが、いずれも苦労しているらしいと察したことを語っている。

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