ホーム | 文芸 | 連載小説 | パナマを越えて=本間剛夫 | パナマを越えて=本間剛夫=23

パナマを越えて=本間剛夫=23

 「私は中南米の人間に、もっと魚を食べさせたい。特に海のないボリヴィアのチチカカ湖を大きな漁場にして、アンデス人に食わせる。チチカカを鱒の大養殖場にする。君、ボリヴィア人の平均年齢は三十六才だ。動物蛋白がとれないからだよ。アンデスのチンチラは世界一の防寒服になるが、その肉は知れたもんだ。いくら毛質がいいからといって、毛は食べられんからね。海抜平均四千メートルのアンデスでは羊も山羊も繁殖させるのはむずかしい。鱒が一番いい」
 なるほど、と私は頷いた。
 やはりコーチは漁業家だった。だが、なぜ、白昼堂々と行動しないのか。私の疑いは晴れない。コーチが饒舌にしているチャンスに、彼の生い立ちからの素生を聞こうと考えたが、彼はまだ盃を傾け続けていた。
 翌朝、彼は元のコーチに戻っていた。何か話しかけようとしても鋭い眼と唇が拒んでいた。

 日本丸は右舷に大陸の山脈を望みながら北西に向けて航海をつづけた。パナマを過ぎて六日めの朝、メキシコ北端の小港エンセナーダに入った。そこは海岸から五キロ入った奥まった幅五十メートルほどの細い運河のような海峡にあった。両岸は平坦でちょろちょろと瘠せた潅木がまばらに生え、水際だけにマングローブが茂って、岸の土塊が崩れるのを防いでいるように見えた。雨量が極度に少ないために、砂漠の風景が広がっていた。
 いつの間にか傍らに立っていたコーチがいった。
「ここは雨が少ないから良質の棉がとれる。火薬のの絶好な原料だ。あとで上陸しよう。案内するよ」 
 こんな辺鄙なところまでコーチは知っている……。
 ますます彼が分らなくなった。コーチの名が高知県の高知だということに、彼の誕生の秘密を考えた。ボリヴィア開拓に移住した日本の若者たちが、殆ど現地人をめとったということを聞いたことがあるが、彼の父もそうだったのだろうか。その子たち日系ボリヴィア人たちはインジオ社会に溶け込んでしまって、今では国籍も知らない原始人同様になってしまているという。コーチの両親はどうしているのだろう。
 日本丸は、ますます狭くなった入江をゆっくり進んで流れに直角に設けた20メートルほどの木造の桟橋に横着けになった。船を下りて高さ一メートルほどの堤防に立つと、前方に銀色に光る石油タンクの列が椰子の林の中に見えた。その他には人家も税関らしい建物も見えない。桟橋に日光丸に積むらしい棉の梱包の山があるだけで人影はない。
 今まで、どこにいたのか、背の高い三人の男たちがタラップを上って来た。彼らはラテン系ではなく、スポーツマンらしい体格で、端麗な表情なのはアングロサクソンとの混血のようだ。同じ黒人でも、享けた血液で彼らの社会的地位が決まるらしい。彼らは役人と棉花会社の職人だとコーチがいった。三人と入れ替りにコーチと私はタラップを降りた。コーチは珍しくカメラを肩にかけている。
 桟橋と直角に白い砂ぼこりの立つ道路が白亜の建物が見える林の方へ伸びていた。太陽が真上にあって、すぐに背中が汗ばんだ。椰子林の間に見えた石油タンクの群れの周囲を、高い頑丈な有刺鉄線の垣がめぐって、道路に面した入口にしゃれた形の白い守衛所があった。その前の掲示板に英文で門の開閉時間と、その下に「無用の者の入るを禁ず」と活字体の文字がある。

image_print

こちらの記事もどうぞ

  • パナマを越えて=本間剛夫=107 (終)2015年6月30日 パナマを越えて=本間剛夫=107 (終)      ※『追記』※帰国して半年余りが過ぎた時、思いがけなくエスタニスラウから部厚い便りを受けとった。それには私のボリビア出国以後のゲバラに関する詳細が述べられていた。その大要を箇条書きで記すことにしよう。※ボリビアは一九六七年一月二十六日死刑を廃止しているが、ゲバラ殺害 […]
  • パナマを越えて=本間剛夫=1052015年6月26日 パナマを越えて=本間剛夫=105 「読むわよ。わたしラパスの小学校出たんですもの」女は白い歯を見せて微笑んだ。 それから小一時間も話が弾んだ。ゲリラと軍の活動状況が聞き出せると考えたゲバラ一行はパンを頬ばり、カフェを呑みながらサンタクルース周辺の治安について突っ込んだ質問をつづけた。そのあとで女がいった。「 […]
  • パナマを越えて=本間剛夫=1062015年6月27日 パナマを越えて=本間剛夫=106  彼らはボリビアで選ばれた青年六百五十人のレインジャーの緊急訓練を始めていた。この青年たちは十九週間訓練され、小銃や迫撃砲の撃ち方、装備のカモフラージュ、目標の位置の確認法、夜間移動者の足音、その他の聞きわけ、敵の待ち伏せ、自身の待ち伏せなどの要領などを教わる。 ゲバラはこ […]
  • パナマを越えて=本間剛夫=1032015年6月24日 パナマを越えて=本間剛夫=103  この移住地は戦後、日本政府の事業として成功した約百家族の日本人の集団地だった。そこまで行けばブラジル国内の山地も平野も道路が整備されていて二、三日でラパスに着ける。ロベルトは軍人としてゲバラ以上に大陸の地理には明るかった。「俺はアルトパラナからコチャバンバのペルー組と連絡 […]
  • パナマを越えて=本間剛夫=1042015年6月25日 パナマを越えて=本間剛夫=104  すかさずゲバラは隙間から続けざまに拳銃を発射した。手ごたえがあって一人が「おおっ!」と叫んで前こごみに倒れ、一人はびっこをひきながら走り、乗ってきたジープに跳び乗って走り去った。ジープにもう一人の影があった。 倒れた男の胸を黒い血が染めていた。 ゲバラの数発の弾は肺と胸を […]