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ガウショ物語=(2)=金三百オンス=《1》=大事な革帯がいつの間にか

伝統的なガウショの衣装(翻訳者提供)

伝統的なガウショの衣装(翻訳者提供)

「あの頃、わしは牛追いをやっていた。ある時、三百オンスの金貨でいっぱいに膨らんだ幅広の革帯を腰に巻きつけての一人旅をしていて、ちょうどそこの渡りの辺りで一休みした。その晩、泊めてもらう予定のコロニーリャの大牧場に近かったんでね」
「まるで昨日の事のように覚えているさ!……暑い盛りの二月。わしは、もう何時間も速足で馬を走らせてきたので、くたくたに疲れていた」
「そこでだ。あそこの渡りの砂洲のところで馬を下りて、鞍をはずしてやった。ちょうど雑木の茂みがいい具合に陰を作っていて、風に気持ちよく揺れていた。わしは鞍の下掛けの羊皮(ようひ)を敷物にして横になり、鞍の前輪(まえわ)に頭を載せると、帽子を目の上までかぶせてぐっすりと眠り込んだ」
 目を覚ますと、やわらかいせせらぎの音が聞こえる。澄み切った冷たい水が浅瀬の小石の上を流れているんだ。それを見ると何はともあれ水浴びがしたくなった。昼寝でだらけてしまった体と気分をシャンとさせるためにも……。そこで、雄のカピバラよろしく水に浸(つ)かりにいったわけだ。
 土手下にはかなり深い淵があって、そこで何度ももぐったり少しばかり泳いだりした。泳ぐと言ってもほんの真似事だがね。しっかり泳げるほどのたしかな腕はないのでね。
 そのあと後、独りきりで黙りこくったまま服を着ると、栗毛の背に鞍を置いて出発した。

革帯

革帯

 およそ三レグアばかりも来ただろうか、まだ早い内に目ざす牧場の近くまでやって来た。夕陽のかたむきはおおよそ一尋(ひとひろ、大人が両手を一杯に広げた長さ、6尺)半くらいだった。
 「ああ、言い忘れていたが、わしは犬を連れていた。赤犬で少しばかり黒い毛が縞模様になっているクスコだが、めっぽう賢くて優秀な番犬だ。うちの子供らの飼い犬なんだが、時たま、わしが旅に出るのについてきた。クスコのやつ、ひとたびうちの牧場の門を出ると、もう絶対に引き返そうとしない。つまり、わしと一緒でなければだ。旅の間は、いつもわしの横で眠る。枕がわりにしている鞍のそばで、毛布がわりの皮のマントのはじ端っこの方に載っかって」
 そういえば、ある晩……。
 いや、これは別の件だった。話の続きをしよう。
 わしはずっと馬を速足で駆けさせていたが、クスコがときどき立ち止まっては、吠えながらもと来た道を後戻りするのに気がついていた。何度も何度もわしを見上げては、またちょっと吠えて、道を少しばかり駆け戻ったりする。――何だか、チビはわしを呼んでいるみたいだった!……しかし、わしが道を急ぐものだから仕方なく追いついてきて、またしばらくすると同じ事をくり返すのさ。
 「ずっと、そんなあんばいなんだよ、お前さん。が、じつは途方もない事が起こっていたのさ」。大牧場の門をくぐり、草ぶきの日よけ棚のところで馬を下りて、主(あるじ)に「今日は!」と挨拶する段になって、突然、心臓をグサッとやられたようなショックを受けた……腰に巻いていたはずの革帯の重さを全く感じていないことに気がついたんだ!
 牛を買いつけるために預かってきた、金貨三百オンスをすっかりなくしちまったのさ。
 そう気づいたとたん、稲妻みたいな光を感じて目が眩んだ。それから、紫がかった火花が……それからまわり周囲が灰色になって、ついには真っ暗に……。
 わしはとても貧しかった。――今でもそうだが、あんたも知っている通り……――。ようやく独立して、これからという時、しかも親方の金だ。親方はシャルケ(塩漬けの干し肉)製造業者で、金銭はもとより全てに潔癖な人なんだが、とび切りの癇癪(かんしゃく)もちとしても知られている。
 とにかく呆然としながらも、いくらか落ち着きを取り戻した時、周りを取り巻いた連中が話しかけているのに気が付いた。
「どうした、兄貴。具合でも悪いのか」
「いや、大丈夫です」とわしは答えた。「どこも悪くはないんですが、じつは、とんでもないしくじりを仕出かしたもんで……、親方から預かった大金をなくしちまって……」
「へえっ!そりゃ本当かい!……」
「ほんとうですよ……こんなことになるんだったら、いっそ死んだ方がましだった! 親方が、俺のことをどう思うかと……」
「そりゃ、えらいこった!……だが、あんた、そこまで落ち込むことはないさ。元気を出しな!」
 その時、赤犬のクスコがまるで馬の鼻面を舐めたがってるみたいに、馬の鼻先で続けさまに飛び跳ねると、吠えながら一気に道路の方へ走っていった。そして、わしを振り返って、また戻って来ては駆け出す、そして、また吠える……。(つづく)

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