ホーム | 文芸 | 連載小説 | ガウショ物語=シモンエス・ロッペス・ネット著(監修・柴門明子、翻訳サークル・アイリス) | ガウショ物語=(5)=黒いボニファシオ=《1》=皆を骨抜きにするお転婆娘

ガウショ物語=(5)=黒いボニファシオ=《1》=皆を骨抜きにするお転婆娘

ガウショの荒馬乗りの様子(翻訳者提供)

ガウショの荒馬乗りの様子(翻訳者提供)

 ……その黒い若者は悪い奴だって? そりゃもう! 救いようのないロクでなしだった……だがな、勇敢な奴だったことも間違いない。
 テレンシオ少佐の愛馬――顔と四足の白い黒馬だ――とナディコ(太っちょで片足びっこの黒人アントゥネスの息子だ)の葦毛とを競争させたときなんか、わしに言わせれば、奴がまさに真価を発揮したときだった……ただ、それが禍の始まりだったのだが。

 まあ、お聞きなされ。
 あそこの集落に、トゥジーニャというモレナの蓮っ葉娘がいた。ある時、町から来たダテ男がその娘をみて、えらくきれいな詩を作って口説こうとした。たまたま――その詩の中で、娘を讃えていうことには、

 とても可愛いモレナさん、
 太陽のようにまぶしくて、バラの花のようにみずみずしい!……
 そのダテ男は娘をものにする気になっていたのだが、娘の方じゃ見向きもしなかった。何しろ、トゥジーニャには少なくとも四人はお取り巻きがいて、彼女にいいように振り回されていたし、連中はみんな地元の若いもんだ。それに引き換え、あの詩をつくった男は、しょせん流れ者にすぎない。
 トゥジーニャという娘はほっそりとして背が高く、喩えて言えば、昼下がりのちょっとした風に軽くゆれる椰子の若木のようだった。足はちっちゃくて、しなやかな両腕、ふさふさとした巻き毛の髪、細い眉とよく通った鼻筋をしている。
 ところがだ。男心をとろかして、骨抜きにしてしまうのは……あの娘の目だったよ!……
 トゥジーニャの目ときたら、まるで臆病な鹿がものに驚いてすばやく逃げるときの、あの鹿の目のようだった。真っ黒で大きく、内に光を秘め、臆病なのと同じくらい反抗的な若駒のようで、ちょうど野生の馬みたいにいつも周りに気を配り、見るよりは聴いているような感じだったね。
 頬はぽおっと色づいた桃を思わせる。歯は白く光っていて仔犬の歯のようだ。唇は原っぱのクローバーみたいに柔らかくて、蜂蜜のように甘くとろけそうで、果物のようにみずみずしく見えた。
 勝気でわがままな一方、陽気なお転婆娘といったところだ。どんな堅物の男でも、この娘に少しばかり声をかけられただけでわけなく恋に落ちてしまうといったあんばいだ。
 その上、生意気なところもない気立てのいい娘だった。そこにゃ、何か訳があるさ。大きな声では言えないが、ペレイリニャ親方のかくしご娘だという噂だ。ああ、大農場の主で、グァラスの土地だけでも何百レグアとか、権利書のある土地(セズマリア)を持っていて、そこには小さい集落もあった。
 はっきり言えばさ、トゥジーニャと母親のフィルミーナは、その土地にある小奇麗で気の利いた家に暮らしていたんだ。そこには、要るものは全部そろっていた。田畑も、けっこうな水くみ場も、飼い馴らした家畜も。その上、あの娘はトウモロコシで育てた馬を持っていて、自分だけの足に使っていた。銀細工の飾りつきの馬具なんかもね。
 似てるかどうかと言えば、少々のことじゃない。ペレイリニャ親方の家族と比べて見てもね……。
 爺さんは、ときおりその家にやってきては昼寝をしたり、マテ茶を飲んだりしていた……。

 ところで、その草競馬があると聞きつけて、たいした数の人間が集まってきていたんだ。
 そこに、トゥジーニャがフィルミーナ婆さんと一緒にやってきた。婆さんと言ったって、まだまだ色気のあるいい女さ……。
 あの四人のイカレモノも連れ立ってやってきたが、その中でも飛び切りトゥジーニャにイカれてたのが、さっきも言った、あのナディコだ。
 そこへ、ひょっこり、誰も思いもよらなかったのだが、黒いボニファシオが現れたというわけだ。
 こんなふうに、悪魔はワナを仕掛ける。
 まあ、聞きなされ。
 あいつは、トゥジーニャ目当てにきた訳じゃない。そうさ。そんな事よりも、ただ一緒に飲んだり、騒いだり、賭け事をやりたかっただけなんだ。あいつはもう、底なしでなあ。呑むにしても、賭けトランプにしても、「骨投げ」 にしてもだ。(つづく)

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