ホーム | 日系社会ニュース | 金閣寺売却の可能性浮上?=所有者は売却の意向否定=「知らない人の手に渡れば…」=円光寺の僧侶ら懸念示す
金閣寺をバックに、円光寺のルイスさんと大畑住職
金閣寺をバックに、円光寺のルイスさんと大畑住職

金閣寺売却の可能性浮上?=所有者は売却の意向否定=「知らない人の手に渡れば…」=円光寺の僧侶ら懸念示す

 約40年前に建立され、日系家族の共同墓地となっているサンパウロ州イタペセリカ・ダ・セーラ市の金閣寺が、数年前に霊園の運営や葬儀を行うメモリアル社の手に渡って以来、管理が行き届かず、売却の話まで持ち上がっているという。同寺に隣接する円光寺の僧侶ルイス・カルロス・ルジロさん(47)によれば、「金閣寺は利益にならないからだろう。放ったらかしの上、遺灰墓の販売も止めてしまった」との状況のようだ。同僧侶は「もし金閣寺の文化的価値の分からない人間の手に渡ったら、どうなるか…」と懸念を表明している。

 サンパウロ市中心街から南西に約40キロ、イタペセリカ市のヴァーレ・ドス・テンプロス国立観光公園内に金閣寺は建つ。空気の清涼な公園内の湖畔に、豊かな大西洋岸林を背景として静々としてたたずむ。内部にはロッカー状の遺灰墓がびっしりと詰まっており、約5千家族の遺灰が安置されている。
 金閣寺建設の協力者であり、1976年の創立当初から遺灰を持ち寄る家族のために法要を執り行ってきた大畑天昇さん(95、静岡)は、「以前は週末の法要にも差し支えるくらい人が来たのに、入場料が5レアルになってからめっきり減った。入場料なんか取っちゃいかんと、私は言ったんだが…」と嘆く。現在は、仏事を行う場所として01年に金閣寺横に建設された円光寺の住職を務めている。
 金閣寺は従来、創始者のアロンゾ・バイン・シャトゥキ氏自らが管理を行ってきた。でもアロンゾ氏は寺の財政状況が思わしくなかったためか、齢90を超えた数年前、借金を残したまま突如米国に帰国したという。
 以来、大畑住職も寺の運営にはほぼ関与しておらず、「日系社会の文化遺産の運命は運営会社の手にゆだねられている」とルイスさんは言う。「寺には資金がない。日系団体や総領事館が買ってくれれば一番理想的だ」と力なく語った。
 彼によれば、金閣寺にはメモリアルが買い取る前に出資した名ばかりの共同経営者がおり、二者の間で4年ほど金銭をめぐる争いがあった。それに業を煮やした同社は、利益の出ない金閣寺の売却を考えたという状況のようだ。
 しかしながら同社は本紙の問い合わせに対し、「売却するつもりはないし、管理も従来通り行っている。客が減ったという話も聞いていない」と少々憤慨気味に否定し、「ただ、今はほかに中心となるプロジェクトがあり、金閣寺にはそれほど手をかけていないだけ」と弁明した。


□ブラジル金閣寺とは□


 カトリック信仰が主流のブラジルでは土葬が一般的なため、70年ごろ日系社会の中で火葬を導入しようとする動きが起こった。76年に南米初の火葬場ヴィラ・アルピーナがサンパウロ市内に誕生し、そこで荼毘に付された遺灰を納める納灰堂として建設された。
 金閣寺構想を日系社会に持ちかけたのは、第二次世界大戦後、日本に15年間住んだ退役米軍人のアロンゾ・バイン・シャトゥキ氏。同氏はリベルダーデ区の曹洞宗南米別院佛心寺に協力を要請し、イタペセリカ市が別荘用に分譲販売していた土地を購入し、建設は日本移民の宮大工が手がけた。
 納灰墓の販売収益を建設費に充て、1976年に完工。納灰墓は通常の墓の半額で購入できたため、経済的に余裕がない移民も先祖供養の場をもつことができた。外観は京都の金閣寺を模したが、鉄筋コンクリート製で、外壁は金箔の代わりに塗装が施されている。


□円光寺とは□

 管理運営ともに金閣寺から独立しているが、同じ敷地内にあり、金閣寺の補完的役割を担っている。
 納灰堂として作られた金閣寺は、内部に法事を行うための十分なスペースも設備もなかったため、元佛心寺の僧侶で、金閣寺内での納灰法要を執り行っていた大畑天昇氏たっての希望で円光寺が建設された。
 同住職が訪日時に師事していた福島市曹洞宗圓通寺の吉岡棟一住職が快く500万円を助成し、日系社会からも200人以上の有志から浄財が寄せられた。91年に着工、10年の歳月をかけて竣工した。
 世代交代に伴い、仏式供養の習慣を失った日系人らが位牌や仏壇を持ち寄る駆け込み寺にもなっているほか、禅に関心のある非日系人が座禅道場としても利用している。
 寺の管理や修繕は、約250の檀家が納める年間140レアルの管理料や布施を基に、ブラジル金閣寺文化協会や僧侶らが担っている。


□関連コラム「大耳小耳」□

 円光寺の運営に携わるルイス・カルロス・ルジロ僧侶は元々サンパウロ市在住だったが、昨年ミナス州のアルフェナス連邦大学に転勤したため、今は毎週末はるばる同寺まで350キロの距離を越えてやってくる。10代の頃に本を通して仏教に魅せられ、32年前、佛心寺にいた大畑天昇住職の下で座禅を始めた。30年以上にわたり仏道を共に歩んできた二人は、もはや親子同然だ。
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 円光寺には今も毎週のように日系人らが位牌や仏壇を持ってやってくる。大畑住職は「二世、三世になって嫁もブラジル人になってしまうと、拝む人もいないし、線香上げる人もいない。供養の仕方がわからないんです」と説明する。徐々に埋まってゆく位牌や仏壇の保管庫を眺め、「こんなに一杯になると思わなかった。でも、これからもっと増えるでしょうね」としみじみ語った。

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