ホーム | 文芸 | 連載小説 | パナマを越えて=本間剛夫 | パナマを越えて=本間剛夫=85

パナマを越えて=本間剛夫=85

 明日から旅行会社の案内で京都、奈良を廻り、大阪から帰途にすくというエスタニスラウの言葉に戸惑った。
「もっとゆっくり話す時間がないのか……」
 私はアントニオとも話したかった。エスタニスラウは私という人間について、どのように説明してあるのか。ただ、ブラジル南部の海岸に近い小さな町の小学校で教えられた教師だ、という程度なのだろう。しかしアントニオはエスタニスラウが私を紹介したからには私を信頼し得る人物と見ているに違いない……。
 そう思うと、このまま別れてしまうのは心残りだった。私は勤めを一日や二日休んでも一緒に旅をしたかった。その旅の間にボリビア革命について、彼が生命をかけてとり組もうとしている思想の片鱗にでも触れることができれば、と考えつづけていたからだ。
「エスタニスラウ、一緒に京都へいってもいいんだよ。もっと話したいんだ」
「いや、センセイには十分世話になっている。センセイには勤めがある。これ以上迷惑はかけたくない」
 思いがけなくアントニオがエスタニスラウに代わって口を開いた。それは半ば命令口調で私の胸を刺すように響いた。
「センセイ、もう結構です。これ以上ご迷惑はかけられません。大事な用件も済んだことですから……」エスタニスラウがつづけていうので私は黙った。
 京都といわず関西にまだ要件があるのかも知れないと、ふと思いが及んだからだ。
「今日は朝から随分歩きました。お疲れでしょう。ホテルへ引き上げましょう」
 私はタクシーを呼び止めてホテルに帰り、ロビーで小一時間南アメリカの想い出を一人でしゃべったあと、二人と別れて家路についた。

       3

 一週間ほどで旅券がおり、昭和四十二年(一九六七)一月二十八日家内と子供たちに送られて羽田を発った。バンクーバーとボゴタを経てリマに一泊。翌朝プロペラ機でラパスに向かった。ボゴタからリマ間での航空路はアンデスの峨々たる不毛の峯つづきで、私は何度かめかの旅の都度、もしこの六千メートルの山に不時着でもしたらどうなるだろうかと胸をしめつけられる思いがした。
 海抜四千メートルのラパス空港に降り立つと深い谷底の一筋の街道に立ち並ぶ市街地が眼下に見おろされた。迎えの車で二キロほどの大使館に着き大使、書記官ら官員に挨拶をすませて近くのホテルに案内された。
 ここで何年か暮らすことになるのだろうか。果たしてゲバラは来るのだろうか。そんなことを考えながら旅装を解き、三階の窓をあけて周囲を眺めわたした。今さっき通ってきた空港への曲がりくねった灰色の道が見えた。
 一本の木も草もなく、緑色とは全く無縁の死の世界だ。四十度近い傾斜の山肌に点々とインジオの小屋が散らばっている。透き通るような雲のない碧い空がすぐ頭の上に広がっているだけだ。私はベッドに横になった。やはり疲れているのだ。電話で起こされときは二時を過ぎていた。大使館からの電話で今から官邸で夕食会を開くから外出しないで待っていてくれという。
 官邸は二キロほど緩い坂を下った小集落の外れにあった。大使以下書記官と経理担当、農業担当の三人の書記官と私と五人が食卓を囲んだ。

image_print

こちらの記事もどうぞ

  • パナマを越えて=本間剛夫=107 (終)2015年6月30日 パナマを越えて=本間剛夫=107 (終)      ※『追記』※帰国して半年余りが過ぎた時、思いがけなくエスタニスラウから部厚い便りを受けとった。それには私のボリビア出国以後のゲバラに関する詳細が述べられていた。その大要を箇条書きで記すことにしよう。※ボリビアは一九六七年一月二十六日死刑を廃止しているが、ゲバラ殺害 […]
  • パナマを越えて=本間剛夫=892015年5月30日 パナマを越えて=本間剛夫=89  彼らがサンファンに着いたとき僅か五、六ヘクタールばかりを伐採した空地があるだけで周辺は昼なお暗いジャングルで大木が聳え、その下は密生した草木で覆われ、わずかに獣類の通路と思われる踏まれた雑草の窪みがあるだけだった。 西川は二万ドルの資金を用意していたというが、その大半は移 […]
  • パナマを越えて=本間剛夫=902015年6月2日 パナマを越えて=本間剛夫=90 「ハポネスだね。ここへ何しにきたんだ」穏やかな口調だ。「サンファン」「ああ、日本人移住地だね。あんたは移住者じゃないね。どんな用事で? 職業は?」「友人を訪ねるんです。ラパスの大使館に勤めています」 私は胸のポケットから大使館発行の身分証明書を出して見せた。兵隊はその証明書 […]
  • パナマを越えて=本間剛夫=862015年5月26日 パナマを越えて=本間剛夫=86  農業担当官はブラジルに駐在したことがあり、私が戦後二度目の旅行の際、サンパウロで日本人移住者の候補地選定に動向した間柄だったことを知って親しみが湧いた。彼はボリビアの底地ジャングルに新設されたサンファン移住地の農業指導者として駐在しているのだといった。 食卓を囲みながら、 […]
  • パナマを越えて=本間剛夫=882015年5月29日 パナマを越えて=本間剛夫=88  いよいよコルンバを出発、国境を越えて汽車はボリビアへ入ったが、移民たちは目的地に近かずいた喜びと安心よりもショックの方が大きかった。サントス出発以来、西北に向かうにつれて周囲の風景は次第に「文明度」が薄くなり、国境を越えると、とたんにそれは大きな落差をもって低下した。通っ […]