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パナマを越えて=本間剛夫=103

 この移住地は戦後、日本政府の事業として成功した約百家族の日本人の集団地だった。そこまで行けばブラジル国内の山地も平野も道路が整備されていて二、三日でラパスに着ける。ロベルトは軍人としてゲバラ以上に大陸の地理には明るかった。
「俺はアルトパラナからコチャバンバのペルー組と連絡をとって合流する。君はサンタクルースでジャングルの先進グループをまとめてコチャバンバへ上がる。それからラパスだ。ラパス第四師団はサンファン周辺のジャングルに散っている君の部下たちの探索に相当数を派遣していて師団は殆ど藻抜けの殻だ。そこを突くんだ」
 ロベルトは熱を込めてゲバラを説いた。それから彼はゲバラの旧式な無線機を見て「そんな重いのはだめだ。おれのをやる」と上衣のポケットから新式の小型機を取り出してゲバラの手に握らせた。
 それからロベルトは一段と低い声でゲバラの顔を覗くようにしていった。
「活動費は十分なのかい。おれは余り用意できなかった。もし許されるなら二百五十万ドルはほしいな」
 ゲバラは全く予想もしなかったロベルトの参加に感激して、当然若干の資金は渡さなければと考えていたので、腰の鞄から札束をロベルトに渡した。ロベルトは黙って受けとって背嚢におさめた。ゲバラはキューバを出るとき辛うじて八百五十万ドル余りを準備できたにすぎなかった。それから一年余りの間にアフリカ全土をはじめ日本、東南アジアを廻っていて、手持ちは五百万ドルに過ぎなかった。
 ロベルト一行は夜明け前から暗い闇の中を時間を置いて次々に出発した。
 ロベルトの援軍は全く予期せぬことだったのでゲバラの感激は大きかった。キューバを出てから初めての喜びで彼は何度も大きく息を吸った。新しく激しい闘争心が全身に満ちてきた。アルゼンチンでの同士獲得活動は止めてサンタクルースに行かなければならない。コチャバンバに待機するペルーの同士とはロベルトが連絡する。彼はどの道を選ぶのか聞きもしなかったが、ブラジル国境を二度も越えなければならない行程が無事出会ってくれるように祈った。
 ゲバラは若干の礼金をタシロ夫人に渡して三人の部下とともに、その夜メンドサを発ってイグアス滝の方向を目指した。二週間にわたるアルゼンチンの左翼グループからのせめてもの活動資金の調達を考えていた時間が惜しまれた。

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 ゲバラ一行はアルゼンチン北部のベルメホ川を越え、さらにパラグアイ国境に沿って北上し、ボリビア国境の町タリハまで五日の行程だった。それからサンタクルース近くの根拠地の一つ、インジオの村長の隠れ小屋に着いたのは翌日の夜中だった。途中、一回レーンジャーの装備をした三人の男に誰何されたが、これは無事通過した。敵がこの辺り一帯に網を張っていることは明らかだった。
 サンタクルース周辺のジャングルに潜んで散在する見方を集合させるのは、大へんな苦労と時間を要するとゲバラは考えていたのだが、ロベルトの熱意と厚意に応えるには、どんな苦労も突破しなければならないと自らにいい聞かせた。
 その真夜中、微かな月の明りが板壁の隙間から射す小屋の外に人の歩く気配がして部下の一人が逸早く拳銃を構えると、それにならって三人も腰の拳銃を抜いた。
「外に出て来いっ!」鋭い叫びがした。
 ゲバラは板壁の隙間から外を見ると二人の男が銃を構えていた。

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