ホーム | 文芸 | 連載小説 | ガウショ物語=シモンエス・ロッペス・ネット著(監修・柴門明子、翻訳サークル・アイリス) | ガウショ物語=(37)=勝利の天使=《1》=まさか! 突然の夜襲

ガウショ物語=(37)=勝利の天使=《1》=まさか! 突然の夜襲

 あれはイツザインゴーの戦の後のことだった。サン・ガブリエルのずっと先の、イニャチウン湿原の向かい側にあるロザリオの渡しでのことだ。お前さん、イニャチウンて知らないのかい?
 蚊のことさ。うまい名を付けたもんだよ。
 イニャチウン湿原、いやー参った! 空中に舞う蚊が煙のようだったな!
 わしはまだガキでせいぜい一〇歳位だっただろうな。大尉だったとうさん代父の荷物やマテの道具を担ぐため一緒について回っていたんだ。
 戦の理由は知らない、ガキだったからな、それに大人の話は気にかけなかったし。わしがやりたかったのは気ままな放浪だった。ところで、よく覚えているが、代父はわしらの野営は不備だと言っていた。人も馬も疲れはててしまっていて、敵を追い詰めるどころか逆に自分たちが奴らに追い詰められる始末さ。
 軍隊は混乱していて、斥候などいなかったし、増してや規律などないも同然だった。しかも、全てを取り仕切っていたバルバセーナとかいう将軍はただの能無しに過ぎなかった。一日馬で駆け回っただけでもう塩水の風呂に入り、股ずれに獣脂を擦りつけるざまだった……。
 わしの代父は相当な古だぬきのガウショで、ミッション戦争の時代から戦いには慣れていたのさ。何しろ、寝ていても半分聞き耳を立て、半分目を開けて注意を怠らない。たとえ鼾をかいていても少なくとも2本の指はサーベルの柄を離さなかった。当時はセルペンチーナっていう蛇みたいに曲がりくねったサーベルだったが。
 ある日、暗くなり始めた頃だったが、野営では兵士たちは焼き肉を切り分けたり、ギターを弾いて歌ったり、他の連中は眠ったり、雑談などをしていた。わしは覚えているが、この日暮れに代父がわしらの馬を連れてくるように命じたことだ。そして鞍を取り付け、腹ベルトまで掛けさせた。さらに馬を足綱で縛りつけて、ようやくわしらは羊の毛布を敷いた上に横になった。代父は武装したままマテ茶を飲み、わしはポンチョにくる包まった。当番兵でイラリアンという肩幅の広いシルーはタバコをやっていた。
 わしはガキだったので間もなくコクリコクリしだしたんだな。
 お前さん! 信じるかね。山猫が瞬く間に木の上へ飛びあがるように、人の肝も時には胸のうちで飛び上がるってことを!
 しばらくすると、ラッパのね音や太鼓を叩くおと音が聞こえた……。しかし突撃の合図の音は深夜のしじまの中でまだずい分遠くに聞こえた。ところが、突然、カステリャーノ軍が怒号と共にわしらの上に、銃弾をバンバン浴びせながら襲いかかってたんだ!
 この不意打ちに肝は体の中をよじ登った、まるで山猫みたいに……。
 「足綱を外して乗馬しろ!」代父が怒鳴った。言い終わらないうちにわしとシルーはもう必死で馬にしがみいついて飛び乗っていた。
 こうして激戦が展開された。テントと日よけ棚の間や、まだ肉片の残った串が突き刺さっている消えかかった焚火の間で。荷車や飼い馴らされた牛の群れや野性牛の群れの中で。暁の薄暗がりに立ちこめる薄もやの中、合図のラッパの音や指令や警告が飛び交う中、遊興のために集まっていた女たちの泣き声、商人たちのわめき声の中で。火薬の臭いが充満する中、すでに出はじめた負傷者たちを踏みつけながら、襲撃する敵とまだ眠気の覚めない見方とが戦闘を繰り広げた。
 サーベルは唸り、銃弾が降った!……
 代父は手綱を引いてあお黒馬を棹立ちさせ、手にはサーベルを握った。シルーは三日月型の槍を掲げ、そしてわしはこの二人の間でポンチョに包まって、三人は例のバルバセーナの本部へ駆け込むため戦いの渦中に飛び込んだ。
 どうやって向こうへたどり着いたか、全く覚えがない。
 代父のサーベルはつる草のようにひん曲がり血で真っ赤になっていた。黒馬の臀部には数箇所に深い切口があった。イラリアンは外套を上から下まで切り裂かれており、わしも槍の一突きを喰らったが運良くポンチョ入れの皮袋に当たっていただけだった。
 こうして、何とか切り抜けられたのさ。
 バルバセーナの本部は混乱を来たしていた。
 将校達は怒り狂っていた。その中で、もう年配の背が低く勇ましそうなのがイライラしながら軍帽を脱いだり被ったりし、禿げ頭をかきむしっていた!
 この男があのアブレウ将軍だったのだ。ジョゼ・デ・アブレウ将軍はライオンのように勇敢で、武器を取っては無敵と言われ、勇者揃いの当時のガウショ連中が「勝利の天使」と呼んで崇拝していたもんだ。
 この男は自分の馬に後退の手綱は引かなかった。腹が減ると他の兵士と共にベルトを締め付け笑い飛ばしていたそうだ!
 この男はケロケロのように眠り、鹿のように鼻が利き、獲物を追うインディオのように追跡することができた。そして突撃したときはまるで突風のように森を薙ぎ倒して道を開いた!
 この男にかかるとカステリャーノ軍の兵士らは、ボーラの投てきに脅えて逃げ惑うレアの群よろしく、丘陵の方へ逃げ込んだ。
 これこそ「勝利の天使」、その人なのさ!
 しばらくするともう一人の将校が現れた。背が高く立派な体格をした好青年で少佐だった。彼はベント・ゴンサルヴェスと呼ばれていて、後のファラッポスの戦いの時、わしはこの将軍の率いる部隊に加わることになった。
 二人は話し合い、その結果他の者達を説得して、全ての段取りを取り決めると、それぞれ馬に乗って別々の方向へ進んでいった。
 野営地では混乱した戦いが続いていた。
 すでに夜は明けていた。(つづく)

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