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ニッケイ俳壇 (845)=富重久子 選

   サンパウロ         間部よし乃

冬帽子買って話が又弾み
【どこか友達と旅をした時の事であろうか。賑やかにあれこれ帽子を選んでは被ってみて、皆それぞれの好みの帽子を買い満足して店を後にすると、またまた話が弾み愉しい旅が続いていく、というまことに女性らしい和やかな佳句。】

思ひ出の田舎へ旅を移住祭
【六月十八日は移住祭でしみじみ越し方を振り返る意義ある記念の日であった。その日にあわせて入植した移住地を訪ねる旅をするという一句である。入植はそれぞれ違うが、大方は奥地の開拓地であったが、今はこうして大都会のサンパウロに住んでいて、昔を懐かしむが中々入植地を訪れることは叶わないでいる。
 どの句も平明でわかり易い俳句であるが、読むものに親しみの想いの繋がる巻頭俳句である。】

短日やもふ帰らねばと腰を上げ
冬紅葉拾ひ集めて押し花に
短日や時間大事に繰り合せ

   ポンペイア         須賀吐句志

秋風や歳月人を遠くする
【「秋風」といえば、秋も深まり自然の姿も寂しく風音も厳しくなり、その音も耳につきおのずから寂しさを託して句を詠むようになる。
 この句も、「歳月人を遠くする」とあるように心を許した友からも便りがなかったりすると、ふと寂しい思いに駆られる。季語の「秋風」に込めた作者の想いの現れた佳句であった。】

思ひ通りいかぬ人の世秋の風
母の日やモンペ姿の母恋し
腕まくり一つおろして秋の風

   ピエダーデ         高浜千鶴子

曾孫よりあくびを貰ふ冬ぬくし
【「曾孫」という不思議な赤ちゃんを、私もこの腕に抱いて喜んでいる。どうしてかよく懐いて眼鏡などとってあそぶが、まさか曾孫を抱くまで長生きするとはと、一人不思議がっている。
 この句の作者も曾孫さんをあやしているのであろう。長閑な冬の日の佳句である。】

渡らねば行けぬこの橋冬の川
毛糸編む去年の編みかけ裏目より
短日や心に揺れる事ありて

   サンカルロス        富岡 絹子

産みたてを分けてもらひし寒卵
【まさしく最近の卵こそ「寒卵」である。手に取った時の重さ、割ったときの黄身の盛り上りそれに寒卵は滋養があり特別の感じがする。
 作者は地方の住まいなので、きっと近くに直に卵を買う所があるので、いつもそこで買っているのであろう。「今朝生んだばかり」というまさしくその「寒卵」を、買って帰る作者の姿が見えるような佳句である。】

移住祭ヨハネかづらの咲く頃か
廃屋や夕日に光る脂肪草
夕日受け塀越え行きし冬の蝶

   サンパウロ         秋末 麗子

移住祭料理文化も親しまれ
【移住祭、間もなくやって来る敗戦七十年、と今年は心に刻まれる行事が続いている。   
 この句にあるように、最近はそのような日々と共に日本の「料理文化」が世界中に広がって、納豆までが試食されると言う信じられないほどの発展である。ブラジルに移住してきた私どもの予期しなかった事で、とにかく健康にもよい日本料理の発展はよい傾向で、いみじくも五七五にきっぱりと詠み込まれた佳句である。】

楽に乗り踊れば楽しジュニナ祭

『ジュニナ祭』は6月祭のこと。ポルトガルのキリスト教の祝日に起源を発し、ブラジルでは収穫祭や冬至などと併せて祝う祭り。

『ジュニナ祭』は6月祭のこと。ポルトガルのキリスト教の祝日に起源を発し、ブラジルでは収穫祭や冬至などと併せて祝う祭り。男の子はヒゲを描き、破れた麦藁帽子にチェックのシャツ、女の子はそばかすメイクにドレスを着てクアドリーリャという踊りをおどる。この時期、学校の恒例行事にもなっている。

水不足乾季なほ更心して
万両の緑に映ゆる赤き実の

   サンパウロ         須貝美代香

音立てて煮詰まる冬至南瓜かな
【六月二十三日は「冬至」の日であった。私もその夜は日本南瓜を子供や孫のために煮て、夕食を待ち冬至の話を少しして楽しかった。
 南瓜は案外煮崩れがしたりで難しいが、この句のようにことことと煮詰まってくる音を楽しみながらのひと時、和やかな冬至の佳句である。】

何時になく淋しき日あり石蕗の花
けなげにも色を重ねて冬紅葉
イヤリングちらと覗くや冬帽子

   アサイ           西川 直美

花マナカチャペルへ登る石の段
【マナカの花の咲く坂の上にチャペル(キリスト教の礼拝堂)があるのであろう。
 作者は何時も教会へ礼拝に訪れる度、この坂道を登りながら、その上に咲き誇っているマナかの花を楽しみにゆっくりと辿って行く、という気持ちの晴れ晴れとする佳句である。「花マナカ」は夏の季語となっている。】

咲きほこる広きマナカのゴルフ場
花マナカ万の蕾にある日差し
秋晴れやミニ芝刈り機快調に

   インダイアツーバ      若林 敦子

世は移り啼きし梟姿消し
【全くこ句の通り「世は移り」である。その昔移住してきた頃は、すぐ近くのマットから「ホーホー」と低い梟の声が聞こえ、何となく寂しく郷愁をそそられる想いに誘われたものであったが、最近は何処もかしこも開発されて、あの梟さんは一体何処へ行ってしまったのであろうと、そんな寂しい俳句であった。】

母の日や今日のコックはおむこさん
草の実や異国に暮らす一代目
青春や撫子に似ず過し来て

   イツー           関山 玲子

石を採る音も絶えたる冬の山
【少し郊外に出ると、何を採取しているのか山の麓から切り開いて石のようなものを堀り出している人影が見られた。しかしそんな音も人影もすっかり見えなくなって、冬の寒々とした山の姿だけが見えている、という写生俳句。】

大根の太きが売れる季となりぬ
夜も更けて大梟の大きな目
母の日や男花売る交差点

   リベイロンピーレス     中馬 淳一

寒夕焼娘が急がせて写真撮る
【この句の通り、最近の寒夕焼けは見事に美しい。私も浴場の窓いっぱいに眺められた夕焼け空には言葉が出ないほどに美しく強烈で驚いたが、この句を読んで本当に写真に残したかった程の寒夕焼けであった。とっさにできた佳句。】

寒夕焼空と雲とが真っ赤々
我が街は丘にかこまれ日の短か
木藷泥闇夜なれども威し銃

   サンパウロ         山本 紀未

園児等の赤きネクタイ寒雀
戦なき国に感謝や移民祭
日溜りで踊り止まずや寒雀
もう一句足らぬ頑張り石蕗の花

   サンパウロ         松井 明子

それぞれのお国なまりや移住祭
三世の子も大好きと鮪寿司
坂の町街路樹続く冬紅葉
穏やかな牧師の声や石蕗の花

   サンパウロ         建本 芳江

ジグザグに飲酒運転冬の夜
玄関に野良猫眠る冬の夜
鉢植ゑを少し減らして越す乾季
時雨来てバケツ持ち出す水不足

   サンパウロ         高橋 節子

担がれて笑ひを返し四月馬鹿
生き甲斐は何と問はれる万愚節
母の日や亡母にと買ふカーネイション
サーフイン海のトロフィー風光る

   カンポス・ド・ジョルドン  鈴木 静林

胡麻刈るや朝日を弾く露の玉
露の内刈らねば弾く胡麻を刈る
蔓枯れて南瓜は尻を陽にさらす
四囲の山色の変はらぬ松ふえる

   ペレイラバレット      保田 渡南

夜の焚火友尺八を吹きくれし
口ずさむサーカスの歌落葉掃く
誇るべき才なく老いて落葉焚く
どぶろくや下手な落語を聞く冬夜

   アチバイア         東  抱水

杖軽く小春の風に背を押され 
風呂吹きの集ひは老いの食べ仲間
小春日やにこにこ散歩の老夫婦
母の日やお茶飲み婆さん二、三人

   アチバイア         宮原 育子

マリア月十年の恋実りしと
尼僧院白バラ飾る聖母月
この牧は白牛ばかり冬暖し
メーデーの人並行進パウリスタ

   アチバイア         池田 洋子

冬の薔薇君あるだけで暖かし
二人行く小春日和に和みけり
母の日の手巻パーテー賑ひし
メーデーを病の床でやり過ごし

   アチバイア         菊池芙佐枝

持ち寄りの自慢のスープマンジォカ
母の日や日向で嬉し離乳食
われ移民良きメーデーを知らぬまま
風邪の床浅漬け茶漬け夢にまで

   アチバイア         沢近 愛子

秋晴れや四羽の野鳩高く低く
母の日は優しき母や姉恋し
母の日や姉妹揃って大奮闘
柿まつり当地自慢の柿土産

   ソロカバ          前田 昌弘

十字架はここにも立てり枯尾花
【少し都会の街から離れて車を走らせると、時々崖や川辺などに木で作った十字架の立っているのを見かけるが、それは不幸な事故に遇って亡くなった人の弔いの十字架であろう。
 「枯尾花」は芒の枯れた穂を言うが、よい季語の選択であった。】

戸を繰ればポインセチアが目を奪ふ
猩々花まだうら若き未亡人
小春日の午後の陽を浴び句友待つ

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