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ニッケイ俳壇 (851)=富重久子選

   サンパウロ         田中美智子

果てしなきゴヤスの大地冬景色
【旅吟について、「ブラジリアの建築群を見てゴヤス高原の中の幾つもある滝を巡る旅で、地下には豊かな水源があり、澄んだ水が流れていました。広いブラジルの多様な自然の一部を見る事の出来た旅でした」とあり、お手本の様な立派な旅吟であった】

冬街道広野を渡る風の旅
冬の滝めぐるゴヤス路水豊か
彷徨(さまよ)ひて森へ消え行く冬の蝶
いざ行かむ「月の谷」へと冬帽子
【五句共々適切な季語を配し、平坦な言葉遣いの中に読む者も共に旅を続けている様である。特に五句目の「いざ行かむ」と締めくくり、作者が冬帽子をしっかりと被り直した姿の、きりっとした様子が目に見える一連の旅行吟であった。長い旅や一寸した旅にも、俳句を作ることの参考にして頂きたい巻頭俳句である】

   セザリオ・ランジャ     井上 人栄

梅の香や窓といふ窓皆開けて
【「梅」は少し寒さの残る中をどの花よりも先駆けて咲き、その清らかな香りは多くの詩歌に詠われている。特に故国を離れた移民達には桜と同じように親しまれている花である。
 朝起き抜けに梅の香りを感じた作者、庭に面した「窓という窓」を開け放って、大きく胸いっぱいに梅の香を吸い込んだのであろう。この作者らしさの感じられる、大胆でありながら繊細な清々しい佳句である】

ブラジルの大空青く梅白し
【梅は一重咲きの白色が普通であるが、八重咲き、紅色、淡紅色と種々ある。ブラジルの果てしなき青空とこの白色の梅との取り合わせの素晴らしさ、一幅の絵画を見る様な立派な写生俳句である】

スイナンの炎立つ色浮島に
満開の花に蜂鳥忙しく
人を恋ひ桜を恋ひて移民どち

   サンパウロ         林 とみ代

旅心騒ぎ出したる春となり
【最近のNHKを見ていると、世界中を旅する画面が多く、旅をした地方や行きたかった外国などなど楽しませてくれる。歳を重ねるにしたがって誘われても中々決心がつかず、出不精になってしまう自分に驚くこの頃である。
 よく旅が好きで、旅行記や旅吟など書く作者である。春ともなれば自ずと旅心の騒ぎ出すという楽しい佳句である。】

七夕や恋に国境あらずして
色褪せし母の形見を重ね着て
ひっそりと当たり障らず冬の蝶

   サンパウロ         森井真貴子

七夕やあふれる想ひそれぞれに
【七夕祭りは七月七日、ブラジルは冬の真っ只中で今年は寒かった。私はその日ミナスに近いホテルにいたが、食堂で若い人たちがしきりに短冊にそれぞれ思いを綴って庭の笹の木に吊るしているのを見ていた。
 この句のように「あふれる想い」は、殆どの若い人がポルトガル語で書き、私は勧められるままに一句書いてみた。山宿のひっそり静かな七夕祭りであった】

防寒着せめて細身におしゃれして
七夕や叶はぬ想ひ書く今宵
七夕や願ひ事知る子供らの

   コチア           森川 玲子

蜂鳥

『蜂鳥』はサンパウロで発行されている俳句同人誌。ブラジル各地より投稿された俳句やその評、エッセイ、旅吟などが掲載されている。

三十句を選ぶ宿題湯冷めして
【蜂鳥創刊三十周年に向けての句集に、三十句を自選で出すようにいわれている事について、「選ぶ宿題」とは面白い。自選であるからには自分でしっかり選ばねばならない。
 「湯冷め」、風呂やシャワーを浴びたあと、一寸油断するとこの頃のように急に冷え込んできて、くしゃみをしたり鼻水が出たりと風邪気味になったりする。作者は熱心に選句をしている間にうっかりして湯ざめしたようだと、それが一句に繋がった珍しい佳句であった】

山茶花の庭に燈籠太鼓橋
待たされる鰤の照り焼き割烹店
小説は終章迎ふ湯冷めかな

   サンパウロ         鈴木 文子

駆足でコーラス句会と日の短か
【誰でもが、若い時は子育てや暮らしの仕事で多忙な半生を過ごしたが、ひと年取ればきっと優雅に老後を暮らせると期待している。
 しかしいざ定年を過ぎると、益々多忙に毎日を過ごさなければならない。この句のように今日はコーラス、明日は句会と、しかしそれらはどれも楽しい毎日の娯楽でもあって、喜んでこなしていく。きっと作者もよい歌を習い楽しい俳句を詠んで、意義ある毎日なのであろう】

七夕やロマン文化の受継がれ
着ぶくれて鏡の吾に苦笑ひ
病得て凍蝶のごと身と心

   スザノ           畠山てるえ

親類もなき初期移民移住祭
【戦後移民の我々も、入植してみると誰も知った人もいず、親切な人も居たが、何となく気心の知れない人も居て辛かったものである。
 この句のように、「初期移民」の頃なら、尚更であろう。何時もは昔の事とて忘れているが、こうして毎年「移住祭」などに出たりすると、昔のことが思い出される、という佳句である】

乾季来ていよよ深まる水飢饉
我等住む国の記念日移民の日
忘れ居し鉢の万両燃えてをり

   サンパウロ         渋江 安子

冬凪に話の弾むベンチかな
【冬の海は大方波の荒い日が多いが、たまにはすっかり静まり返る日もある。そんな冬の海の風も無い穏やかな日を、「冬凪」と呼ぶ。
 海に向いたところにベンチがあって、お年寄り達の話が弾んでいるのであろう。楽しい話でいっそう「冬凪」の季語が輝いている】

寒卵黄身も白身もこんもりと
習ひ事も気分転換冬休み
寒紅やお勤め急ぐ若き人

   サンパウロ         平間 浩二

短日や約束時間既に過ぐ
七夕や東洋街の神籤売り
東洋街七夕祭の踊りかな
着ぶくれも気にせぬ夫婦齢かな

   サンパウロ         竹田 照子

七夕や郷愁そそる竹飾り
着ぶくれてのろまの私なほのろま
万両や若い娘達の紅の色
冬の蝶もうすぐ暮れる何処へ行く

   サンパウロ         原 はる江

満ち足りし余生大事に着ぶくれて
国中の安泰願ひ星祭
俳諧は老の生き甲斐着ぶくれて
老う程に気ばかり急きて暮れ早し

   サンパウロ         玉田千代美

着ぶくれて構へて見ても老は老
着ぶくれて世間が狭くなる思ひ
着ぶくれて夫の形見は尚温し
星祭願ひ事にも欲があり

   サンパウロ         菊池 信子

別人と見紛ふほどに着ぶくれて
丹精のこもる薬玉星祭
多人種の賑はふ七夕東洋街
賞競ふ見事な薬玉星祭

   サンパウロ         大原 サチ

一と日旅果つる郊外寒夕焼
今は無き移民船なり昼かもめ
冬帽子リフトで景色広がりぬ
夢多き旅行のプラン冬休

   サンパウロ         間部よし乃

いろいろな蕾ふくらみ春近し
【「いろいろな蕾」とは、本当に春になると小さなベランダや出窓にも、何時の間にやら花の蕾がついているのに驚く。春の蘭、藤の花、桜の蕾、桑の実、苺の花、私のわずかな鉢にもこれだけの花の蕾がついている。作者の広い庭にはもっともっとの蕾が見られるのであろう】

思ひ切り短い服や春近し
励ましの句集届けて春近し
春近し箪笥の中も彩りて

   サンパウロ         篠崎 路子

手秤りの寒鰤の身の確かさよ
凍蝶や指擦り抜ける危ふさよ
何処へと知らず凍て蝶吹かれ翅ぶ
声援は太鼓鉦入り夏球場

   サンパウロ         須貝美代香

春を待つ心は同じ鳥も木も
冬休みピポカ弾きて冬休
春待つは子供の帰り待つ心
船のあと何処まで追ふや冬かもめ

   サンパウロ         伊藤 智恵

諸手出し八手の花の愛らしさ
日脚伸ぶそれでも十句難しき
【何時の句会にもやっと来る作者、多分家が忙しいのであろう。「日脚伸ぶ」と少しはゆっくりするのであろうか。それにしても、「それでも十句難しき」とは、中々偽りの無い佳句である】

冬休観光客と入れ替はる
球遊びころがりまはる竜の球

   カンポグランデ       秋枝つね子

一尺に足らぬ三尺ささげ豆
寒卵百メートルの通路掃く
霜除け用サックの糸をほどき置く
ケントンに身を温めて床に入る

   ソロカバ          前田 昌弘

滑走路の拡張工事枯野原
園小春妊婦腹出し撮られをり
山眠る都市化の波はひたひたと
揉めつづくユーロ連合パリー祭

   オルトランジャ       堀 百合子

春惜しむ我が人生の終りとも
長生きのほどほどでよし春惜しむ
牧手入れ冬の牧場はものかなし
新農年知恵無く財無く老いて行く

   サンパウロ         上村 光代

着脹れの孫は喜び飛び回る
冬の蝶窓ガラスの外飛んでをり
着脹れの孫と一緒に散歩かな

   サンパウロ         佐藤 節子

少しづつ日々着脹れとなりにけり

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