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ルーラとドン・ペペを比較=二つの異なった政治スタイル=パラグァイ 坂本邦雄

ジウマ大統領(左)と「ドン・ペペ」ホセ・ムヒカ前ウルグァイ大統領(右、3月1日、Foto: Roberto Stuckert Filho/PR)

ジウマ大統領(左)と「ドン・ペペ」ホセ・ムヒカ前ウルグァイ大統領(右、3月1日、Foto: Roberto Stuckert Filho/PR)

 各々の自国の運命を左右した二人の政治巨匠の面白い比較論評である。その一人は、来る2018年に「夢よ再び」と大統領選に出馬の意欲を燃やすブラジルのルーラ元大統領。もう一人は高齢で再度の大統領選への立候補は諦め、今後は「社会済度(さいど)の預言者」をもって自任し、「徳義と誠実の大使」としてラテンアメリカ諸国の遍歴を企てるドン・ぺぺこと、非常に独特な統治スタイルで有名を馳せたホセ・ムヒカ前ウルグァイ大統領である。両者はそれぞれの行動や立ち振る舞いは全く異にするが、民主主義及び自由主義の政体の許で、社会改革を追及する政治信条に変わりはない。

 ドン・ぺぺは年齢の故に体力はもう若者ほどではないにしても、未だ意気軒昂として社会の不正義を訴え、聴衆を魅了する求心力を有する根っからの理想家で、また〃人民派リーダー〃としての豊かな創造的構想と、突飛だが異色な良識の思想家なのでもある。
 しかし、ドン・ペペの説く実利主義は、実体の生物的プロセスの目に見える形態にのみ集中するもので、世俗の不可知論の域には達しないのである。

聖人すぎるペペ

 ドン・ペペ・ムヒカの意思は、天国の楽園を地上に呼び降ろす俗人説教師を体現したもので、この意味ではテーゼとアンチテーゼの弁証法プロセスの挙句に、人類平等の社会楽園の到来を信じたカール・マルクスの現実には程遠いユートピア論として暴かれた夢想に一致する。
 しかして、ドン・ぺぺの政治スタイルは常に財政疑惑、詐欺投機や通貨、金融操作の術策より遠く離れた正しい且つ清廉な行政を貫いた。
 このようにして、ドン・ぺぺのいかなる環境に於ける行動態度も、古くはギリシアやローマの人文学者達が羨む程の幾多の美徳に飾られたものであった。
 これ等の見返りとして見られるのは、近来は、あたかも〃偽善の救世主〃よろしく、かつての行政実績を吹聴し、自画自賛するブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ元大統領の奢った〃臓腑感覚〃が対照的である。
 ルーラが現ジウマ大統領の救い主の役目を買って出て、「余の背中はジウマに代わっていかなる世間のムチ打ちの苦痛にも耐えるものである」と、自分の政治塾の弟子で現在は世論の支持率が急落しているジウマを擁護した。

俗人すぎるルーラ

ルーラ元大統領(左)と抱き合う「ドン・ペペ」(8月29日、Foto: Ricardo Stuckert/Instituto Lula)

ルーラ元大統領(左)と抱き合う「ドン・ペペ」(8月29日、Foto: Ricardo Stuckert/Instituto Lula)

 なお、一方では「自分の前任大統領の全てを並べて見ても、余が政権を通じて社会改革の貧民救済事業に尽くし、下層階級の民衆と至る処で頻繁に多くのミーティングを行った回数の10%をも、誰しも開催する努力はしなかった」と、不当な虚勢を張った。
 他方ドン・ぺぺは、形容し難い誠実な表現の行き過ぎで、各政党が機能するには必要欠くべからざる体制だとは認めながらも、「民主主義は最も非効率的なガラクタな思想体系」だとこき下ろした。しかし、その政党がまた往々にして腐敗し病気になり、堕落するのが問題であると指摘した。
 かくして政党は理想の道義を失い、国民の政治的、社会的な徳義心を啓発できず民主主義の教義と意義の発揚も望めなくなるのだ。
 この様にしてイデオロギーは動機と啓発の構成要素たる本質を失い空文化するのである。
 このドン・ぺぺの政治党派に対する反省は、ルーラの精神に深い影響を与えたと思われる。
 ルーラのPT(労働者党)は、2010年の選挙運動資金に纏わるペトロブラスのメガ汚職事件の発覚で、現在ブラジル政治史上で最も重大な危機に面している。
 次期大統領総選挙への出馬に意欲を燃やすルーラは、これで政界政争の舞台へ非常に傷付いたイメージを持って登場する事になる。
 複数の世論調査によると、2018年に予定される大統領選が、仮に今日行われたとすれば、ルーラは対抗馬のネーヴェスに19点の差で落選するだろうと見ている。
 同じく、ジウマの悪評判がこれから大統領選への道程において、ルーラの出馬(イメージ)が有権者の心理にどこまで影響するかも計算に入れる必要がある。

カルテス大統領に説教?

 ドン・ぺぺ・ムヒカは汚職や政治影響力の悪用などの疑惑は一切なく、清潔な行政を全うして政権を後任のタバレ・バスケス大統領に譲ったが、残念ながらルーラの場合は同様のコメントは出来ない。
 事実、両者は二つの異なった政治スタイルと二つのタイプの政治観念をそれぞれ固持する「政界の耆宿(きしゅく、学徳のすぐれた老人)」なのである。
 ルーラ元大統領は、この度カルテス大統領に、今月の第2週目にパラグァイ中央銀行の講堂で開催された「テコポラー・社会福祉事業プログラム」の第10周年記念国際シンポジウムに招待され来パし、8日に行った講演でカルテス大統領に、鋭い口調で「事業家やビジネスマンを強く抱擁すると同じく貧困層の者達も隔てなく強く抱擁しなければならない」と説教した。
 なお、「成果の敷衍(ふえん)が焦眉(しょうび)の課題」で、国家経済のGDP・国内総生産がいかに成長しても、一日に3回の食事もロクに出来ない窮民が根絶しない限りは何んの意味もないと宣(のたま)った。
 そして、ブラジルでも未だ貧困問題は末長い話でその完全な解決は早急には望めないが、余の政権下ではかなり画期的な改善が得られ、それは一つの「ブラジル奇跡」だと自負し、聴衆の喝采を博した。
 しかし一方で、巷(ちまた)の口の悪いスズメ達は、「ルーラさんのご説教をお聞きはするが、ルーラ・ドクトリンを踏襲した愛弟子のジウマさんの現政権下で発覚した色んな汚職スキャンダルで、当のパトロンのルーラさんにも火の粉が降り掛かり、大変な政治混乱を招いているブラジルの現状を見れば、果たして今の吾がパラグァイの参考に値するだろうか。先ずは、お国の問題を良く整理されてからのお話しにして貰いたい」とコメントしている。

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