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ニッケイ俳壇(863)=富重久子 選

   サンパウロ         田中美智子

惜春の一夜の夢かヴァイオリン
【週末になると娘や孫達はよくコンサートに出かける。「サラ、サンパウロ」文教の「日曜コンサート」など。音楽は本当に心癒される。

『サーラ・サンパウロ』はサンパウロ市内の音楽堂。

『サーラ・サンパウロ』はサンパウロ市内の音楽堂。

(Foto By Webysther Nunes (投稿者自身による作品)
[CC BY-SA 4.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], via Wikimedia Commons)

 作者は音楽が好きで、コーラスで歌いピアノを弾きコンサートに行って素敵な俳句を詠む。
 季語の「惜春」(春惜しむ)という、これほど的確な季語の選択は素晴らしい。ちょうど最近の、尽きようとする春を惜しむ想いの言葉で、暮春や行春と同じ意味であるが、春惜しむというと何となく柔らか味のある響きに聞こえて、暫くは瞑想にふける】

感動を拍手にこめて春の夜半
【二句目、静かに聞き終えた感動の余韻に包まれて、静かに心からの拍手を送るときほど満たされた深い想いに包まれることはない】

満ち溢ふる春夜の調べヴァイオリン
静もれる瞑想曲や春深し
コンサート余韻に浸る春の闇
【五句ともども読み返してはよく味わいたい、巻頭五句の格調高い秀句であった】

   コチア           森川 玲子

通夜戻り清めの塩の余寒かな
【「浄めの塩」ということ、まだブラジルでやることに驚いている。日本にいるときは、葬式などに行くと帰ってから、戸口で塩をまいたりしたがブラジルではすっかり忘れていた。
 季語の「余寒かな」が絶妙な選択。寒が明 けた筈なのに寒さが残っていることを表し、春寒とは少し違った感じで、余寒にそこはかとない想いが感じられる季語である】

メトロ降り句会へ急ぐ橋おぼろ
【二句目、句会場はクリニカ近くのうちのアパートであるが、メトロを降りて二百メートルくらいの所。大きな橋が架かっているが雨の後など薄く朧に見えたのであろう。春の午後、楽しみに急ぎ足で会場のアパートへ急ぐ友達との道連れの一句。「橋おぼろ」とは、いい言葉の佳句である】

竹馬のピエロの鼻も陽炎ひぬ
新居とてまめに乾拭き春の塵
立春やたまごを立てる話など

   サンカルロス        富岡 絹子

踏青や試歩の運びのゆっくりと
【「踏青」青き踏むは、春の野遊びであるが、萌え出た春の野原でピクニックくらい清々しく楽しいものはない。
 作者は怪我をされたと聞いているが、あたかも春の青きを踏んで試歩をしているところであろうか、早く全快されんことを】

舞ふ蝶に出迎へられて句座の宿
遠足のバスにはじける声乗せて
麦藁で吹きし日のありシャボン玉

   サンパウロ         原 はる江

カルモ園桜咲かせし師も逝かれ
【「カルモ園」には何回も桜見に行ったり、花供養に出席したこともあってよく知っている。
 その桜園を守り抜かれたのが南風先生であって、最近亡くなられた。あれからは桜供養の俳句会も音沙汰なしとなり、寂しいことであるという、しみじみとした想いの籠められた佳句である】

麗らかや友の大賞祝ふ句座
山の家の花見にゆかば葉桜に
囀りに知らぬがままに世の惨事

   サンパウロ         畔柳 道子

四つ辻の角を曲がるや青嵐
【「青嵐」は青々とした草木の原野を吹き渡る爽快な強い風を言う。サンパウロでも最近この句の様に辻の街角を急いで過ぎようとすると、思いもかけず傘など飛ばされそうな強風に出食わすことがある。如何にも夏らしい季語をつかっての佳句であった】

木々の芽の競ひて天を指しにけり
掃き寄せて紅王冠の種拾ふ
登校児の犬を呼ぶ声春の昼

   インダイアツーバ      若林 敦子

厨中煙立ち込め旬の鱒
【最近娘がよく鱒を買ってくるが、今が旬で脂がのっていておいしい。少し多めの塩をあて、二日くらい陰干しにして焼くと、一層おいしいので食がすすむ。楽しい家庭俳句である】

淡色のスカーフかけて春の服
知らぬ間に軒を借りられ雀の巣
春燈下廊下の奥の長電話

   リベイロンピーレス     中馬 淳一

暖かや両手でつつみ茶飲み椀
【「暖かや」とは、春の陽気がようやく温暖になってまだ暑いというほどでなく、寒くもなくといった、心地良い温度の気候を言う。
 暖かくなって気持ちの良い今日この頃、と思いながら美味しい朝の日本茶をいただいているところであろうか。「両手で包み」という仕草が、何となく落ち着いたお年寄りの姿を想像させて床しい佳句であった】

乳飲んでやや春眠を欲しいまま
雨降って苗木も芽吹き庭の隅
彼岸会やお経に和して木魚音

   スザノ           畠山てるえ

虻の来て犬うたた寝も出来ぬ庭
【さすがにアパートの十五階まではこないが、幼い頃は野原や川べりで花を摘んだりしていても、この虻によく刺されたものである。
    この句、庭に気持ちよく寝ていた犬の周りを虻がやってきて脅かし、犬のうたた寝を邪魔しているという佳句。たのしい一句である】

誕生日四人の月や桜鯛
春窮に物貰ひ来る今日三度
乗り換への地下道急ぐ駅の春

   ピエダーデ         高浜千鶴子

ブラジルを好む沖縄桜かな
【確かにあの桃色の先駆けて咲く「沖縄桜」は、ブラジルの土地にあっているのであろう。どこでも先に咲くのはこの桜である。
 七月に上村ホテルでも満開であったが、時には三回も咲くことがあるということであった。
 良く見ての写生俳句である】

九十はざらの世の中春日和
寝て食べて冗談言って春の旅
伏す程も無き春風邪に悩まされ

   アチバイア         戸山 正子

捨て置きし鉢の中より新芽出し
【うちのベランダにも、最近ほったらかしの鉢に彼岸花のような珍しい花が,ひと茎伸ばして花盛りになっているので吃驚した。植物の生命力に驚いたり喜んで眺めている。
 この句も新芽を見つけて、どんな花が咲くのだろうと楽しみのことであろう】

新植えの桜イペーと並び咲き
蔓芽吹き青葉が垣を這ひ巡り
山桜花散る前に葉が揃ひ

   ペレイラバレット      安田 渡南

山焼きて太古の森の消えにけり
倒れ木の累々と山焼かれたる
煙曇り落日赤く大きかり
転耕車豚がひもじと啼いてをり
転耕に犬置きて来ぬ胸いたし

   サンパウロ         山本 紀未

お手植えの松の枝ぶり樹木の日
蝶舞ふや平和な国に羽広げ
春めくや気の向くままに美容院
蝶々や丸く盛ったる犬の墓

   サンパウロ         渋江 安子

子供の日値段を決めて好きなもの
君子蘭何処でも育つと云はれても
街中は虻に刺されることも無し
巡り来る四季はあれども春惜しむ

   サンパウロ         須貝美代香

こつこつとハイヒル鳴らし夏近し
朝寝して遠慮のいらぬ心地良さ
茹で上げしほうれん草の紅の茎
花々の蕾ほころび夏近し

   サンパウロ         上田ゆづり

春窮を知らぬ世代や国際化
明け方のサビアの恋や夢そぞろ
春灯に浮かび消えゆく若き日々
香に魅かれふと手の伸びる芹の束

   カンポグランデ       秋枝つねこ

小買物袋の中に苺入れ 
マラクジャのジュースを飲んで寝付き良し
老いの食豆飯だけは高く盛る
日に一個梅干し食べて健康美

   サンパウロ         伊藤 智恵

独立祭太鼓で合はす足並を
風止みてやっとお休み風車
昔居た殿様蛙何所へやら
ジャタイ蜂四十年も住みついて

   オルトランジャ       堀 百合子

懐かしむ木藷で育ち移民の子
母強し家族の為と木藷植え
木藷食べ父母の苦労を見て育ち
木藷煮て料理上手な母なりし

   ボッポランガ        青木 駿浪

垂直なユーカリ百幹木肌脱ぐ
ふん張ってサキソホン吹く玉の汗
合唱鳴きして雨を呼ぶ遠蛙
春眠に負けてはならじ妻看取る

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