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ニッケイ俳壇(869)=富重久子 選

   サンパウロ         鈴木 文子

大西日こもる熱気の窓を開け
【夏の西日は日中よりも我慢出来ない位の厳しさである。そんな西日から守るために日本では簾を下ろしたり、日除けを廻らせたり又、客を待って打ち水をしたりする。
 この句は大西日を受けて、熱気の篭った部屋の窓を、ようやく日の落ちたのを見計らって開け放っている一句である。「こもる熱気の」とよく省略の効いた的確な俳句であった】

流燈やふと甦る父母の顔
【もう大分前になるが、流燈会に参加したことがある。大きな河の上流からゆっくりと流れてくる小さな揺らぐ灯火を見ていると、多くの人々の面影と共にそれに繋がる想いが入り混じって美しくも悲しいものである。作者の優しい言葉の中にこめられた思いの感じられるよい俳句で、巻頭句として鑑賞させて頂く】

天ぷらに味噌漬けにとて茗荷の子
流燈に心洗はる一夜かな

   セラジオランジェ      井上 人栄

蚊柱の立って旅人驚かせ
【あれは私共が移住してすぐのこと、買物で店に寄った時、わあーという蚊の声が充満してふと見ると、小さな蚊が柱のように縦に群がっていて驚いたものであったがそれが「蚊柱」で、見たのも初めてで最後である。
 この句のように旅人を驚かせ、何時の間にかさっと崩れて消えてしまった。見事な写生俳句である。村上鬼城に、『蚊柱や吹きおろされて又上がる』と言う句がある】

西日落つセルトン大地風生まれ
雨降らぬ大地の葡萄二毛作
流燈やアマゾン移民八十年

   ファチマ・ド・スール    那須 千草

砂塵舞ふ広野に鈍く西日さす
【砂塵と言えばすぐパラナを思い出す。今は総て舗装道路になっているのであるが、昔は赤土が舞い上がって、一メートル先が見えないくらいであった。
 奥地の広野に、砂埃が立ち上がって舞うと、日中の夏日より耐え難いほどの激しい暑さの西日でも、砂塵の中では鈍い光となって射しているという一句。少し難しい内容であるが、地方の広野の様子の詳らかな立派な俳句である】

流燈の行事も知らず山育ち
西日さす墓地華やぎて手を合はす
朝日うけ水滴光る蜘蛛の囲に

   サン・カルロス       富岡 絹子

茗荷の子持たせ帰らす背に夕陽
【「茗荷の子」とは、茗荷の地下の茎から出た花のつくところである。やがてこの先に淡い黄色のわりに大きな花が咲く。花を持たないうちに摘んで食べるが、香りがよいのでお汁に入れたり、刺身の付け合せにして好まれる。何となく日本的な野趣のある感じの食材である。
 この句の「茗荷の子」と、其れを持たせて帰らせる娘の背に映える夕陽との取り合わせの、何と美しくも優しい俳句であることか。心に沁みる佳句であった】

山奥に育ち流燈知らざりし
西日今避ける陰無き停留所
茗荷の子食し大人の仲間入り

   アチバイア         東  抱水

文化の日移民の街の食屋台
【「文化の日」は十一月三日、昔は明治節と呼ばれて昭和初期生まれの私には懐かしい日であった。女学生の頃確か三番まであったと思うが、明治節の歌を暗記させられて苦労したことを覚えている。
 日本食が「無形遺産」として登録されてからは、やたらに日本食ブームとなったがこの句の様に、屋台でも日本食が結構繁盛しているのであろう。文化の日に因んで珍しい佳句であった】

   バウルー          酒井 祥造

停電やハーモニカ吹きて春の夜
【サンパウロの中で特に病院の近くなので長い停電の記憶は無いが、田舎にいた時は度々一晩中ということもあった。
 そんな時、この句のように主人が子供によくハーモニカで『歌の翼に』などを吹いて聞かせていた事を思い出している。停電をよい事にして、ハーモニカを吹いている作者の姿の見えるような優しい佳句で、季語の「春の夜」がよい選択であった】

四度目のエルニーニョ来て夏に入る
春嵐倒木停電長き闇
エルニーニョ千ミリ記録の春嵐

   サンパウロ         秋末 麗子

軽やかな明るき色に更衣(ころもがへ)
【軽やかで明るい色といえば、若い人なら薄いピンク色か鮮やかな空色。お年寄りには私なら薄紫かな、それとも、いやいやサーモンピンクの思い切った素敵なモデルかなんて、楽しい夢を見させてくれる優しくも明るい俳句であった】

香りよき茗荷を摘みて持て成せる
流燈の消え行く彼方安らかに
イサー出て庭に飛び舞ふ児等嬉々と

   バルゼングランデ      飯田 正子

ゲートボール打球の音や若葉園
【私はゲートボールはとても楽しい競技と聞いているが、時々遠くから見るだけでルールも何も全く知らない。
 広い運動の広場で、勢いよく打った球が心地よい音を響かせてよい所に命中したのであろう。楽しい応援の声が聞こえて来るような佳句で、季語の「若葉園」がよく座った調べの一句である】

北伯は葡萄の産地旅続く
鶏の更衣かな羽抜鳥
ペトロリナ旅の土産に干し葡萄

   サンパウロ         玉田千代美

読み耽る(ふける)一書のありて春燈下
【最近、私の読書の時間は寝床に入ってからということであるが、すぐ眠くなり殆ど読む時間が無いのが残念。
 この句の様に、春燈下で読み耽る作者が羨ましいと思う。「一書のありて」という事でどのような本を読まれるのかな、などと想像を逞しくさせられて、心惹かれる佳句であった】

春惜しむ老を感ずる事多し
種袋小さき命振って蒔く
公園の静かな散歩春落ち葉

   アチバイア         沢近 愛子

若き頃好みて描きし雲の峯
【「雲の峯」、夏を最も顕著に感じさせるものが雲の峯である。夏の強い日差しによって生まれる雲として、入道雲ともいわれる。
 そんな勇ましい雲を若いときに書いていたという作者。きっと思い出深いよい絵であったのであろう。若々しい心に響く一句である】

筍は味噌煮がうまし母の味
文化の日有名人に叙勲あり
掃除する身軽なズボン老の夏

   サンパウロ         林 とみ代

茗荷の子花も咲かせず摘み取られ
流燈の行方見送る目に涙
道標に蜘蛛の囲張りて獲物待つ
西日射す窓のカーテン色褪せて

   サンパウロ         竹田 照子

坂道を西日に追はれ大急ぎ
蜘蛛の囲にかかりし蝶を助けやる
雲晴れて真夏のやうな今朝の空
茗荷の子食めば悲しみ忘れてふ

   サンパウロ         原 はる江

西日向きアパート買ふなと孫に言ふ
合歓咲けば早来る友の三年忌
テロ騒ぎなき国に住み長閑なる
長らへて達者な二人初夏の風

   サンパウロ         菊池 信子

数知れぬ流燈寄りそひ流れ行く 
茗荷の子庭の寸土に植ゑし母
流燈や思ひ出尽きず名残り惜し
雨の玉白光りなす蜘蛛の糸

   サンパウロ         佐藤 節子

お盆来て脚丈夫なら参りたし
夕立やあわて取り込む干し物を
夏日和外で遊ぶ子元気な子
茗荷の子朝昼晩に出てくるよ

   サンパウロ         大原 サチ

軽装で人行き来する街薄暑
夾竹桃ふる里に来て町静か
松葉牡丹光集めて参道に
気味悪きいもり石垣割れ目より

   サンパウロ         上村 光代

西日射すベランダの椅子誰を待つ
流燈やゆっくり流れ安らかに
西日射す坂道歩く人々よ
墓参り過ぎし日思ひ手を合はす

   ポンペイア         須賀吐句志

おもてなし料理のつまに茗荷の子
流燈や心を込めて新仏
蜘蛛の囲の小糠雨とて重たげに
建築士西日入らぬ設計図

   ペレイラバレット      保田 渡南

大陸を横断成して春の江
縦横に大河めぐらし国の春
発電やダムに漲る春の水
発電を終へて湧き立つ春の水

   イツー           関山 玲子

耳鳴りか春蚊しつこくつきまとふ
やかましく朝寝起こすや鳥と犬
牛が居てプリマベーラの鄙静か
チコチコの声澄みて美し(はし)遠くとも

   アチバイア         宮原 育子

一隅に賛美歌起こる盆詣で
花鋏鳴らせばこぼる露涼し
眼を病みて読書叶はぬ文化の日
夏めくや娘等はショーツでピチピチと

   アチバイア         吉田  繁

空中都市ペルーの古都や雲の峯
雨止みて夕暮れの庭蝉の鳴く
露涼し日曜の朝芝生刈り
和食まで世界の遺産文化の日

   アチバイア         菊池芙佐枝

天に居るそれでも行きたし夫の墓
じいの墓わがロマンスを問ふ孫ら
昔の子おにぎり片手に茄子漬
紫蘇の葉と梅の巻ずし母の味

   アチバイア         池田 洋子

文化の日孫に教はるブラジル語
蝉の声あふれる山に奇岩あり
ごみのなき街すがすがし夏の旅
線香も花も供へず墓参り

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