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『百年の水流』開発前線編 第一部=北パラナの白い雲=外山脩=(75)

総てはピストルで…

 この町には、古くから有力なファミリアが居った。コスタ、ペルソ、メーロという姓で、メーロは3家あった。これが土地の境界線争いなどで、戦ったり手を組んだりした。サンジェロニモのバンギバンギの多くには、このファミリアが絡んでいた──というのが当時の一般的な憶測であった。
 町のレスタウランテで偶然、二つのメーロ家の血をひいているという三十代くらいに見える男に会った。我々の質問に彼は苦笑して答えた。
 「殆どが自分が生れる以前のことだから、詳しいことは知らない。小さな町だから、大袈裟に伝わったのだろう」
 しかし、こうも言った。
 「昔は車にシャーベをせずに、停めておくことができた。泥棒は居なかった。約束を守らない者も居なかった。不義も無かった。そういう問題はすべてピストルで解決した。それで誰もしなくなった。他所から来て、そういうことをする者もいたが、ピストルで…」
 前出の伝説とは、かなり印象の違う話だが、こういう一面もあったのであろう。
 2013年の暮れ近く、払暁、サンジェロニモの市街地にある二つの銀行のAТMが爆破され、金が奪われた。50日後、ロテッリカが襲われた──が、サンジェロニモが昔に戻ったわけではない。これは何処でも起きていることだ。今では、ブラジル中がバンギバンギである。


死の脅迫にも平然

 ハンセン病患者の世話をしている神父というのは、佐々木治夫氏という。町外れで皮膚科の診療所を開いていた。我々が訪問すると、一人の温顔のお爺さんが迎えてくれた。庭掃除か何かしていたのか……と思わせるカミーザとカルサ姿であった。ところが、これが佐々木神父だった。
 カトリックの神父が身につけるアノ独特の衣装バチーナ姿ではなかった。佐々木神父は、「スータンは人々から司祭を離してしまうので使用しない」という。スータンというのはバチーナ、司祭は神父のことである。形に嵌らぬ人柄であるようだ。
 セン・テーラに関しては、その指導者の相談相手になっているだけという。セン・テーラ……つまりMST=土地なし運動=には二種類ある。一つは実力行使派。群衆を率いて他人の土地に侵入、不法に占拠する。もう一つは合法的にやる。佐々木神父は後者である。
 アサイで耳にした話(ある地主が「俺の土地に手をつけたら殺すゾ」と佐々木神父を脅したという件)を訊くと、
「そんなこと、何度も……」
と平然と答えた。
 これには一瞬、こちらの頭の回転が止まった。
 この国のことである。脅しが行動に変わることは充分ありうる。
 しかし佐々木神父は「怖くはない」という。カトリックの神父だから独身であり、自分が死んでも困る家族は居ない……と。
 あるデプタードが佐々木神父に電話してきて、友人のファゼンデイロの名をあげ、「彼の土地だけは手をつけるナ」と要求した。「そんなことで電話するな」とやり返した。デプタードは、「良くないことが起こるゾ」と脅した。神父は、こう逆襲した。
「お前こそ、地獄に堕ちるゾ」
 ブランドン判事と共通する度胸の良さである。こういう日本人は昨今、少ない。

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