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チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽=(1)

  (1)歌人志津野華絵と「寄生木」

 戦前のチエテ移住地を代表とする歌人志津野華絵(本名 花恵)はチエテ十年史を見ると岐阜県出身で、昭和九(1934)年九月三日にチエテ移住地に入植している。
 私は同年の十二月四日に入植したので、華絵より三ケ月遅かったことになる。
 歌人華絵は昭和十二年頃から、当時発行されていた聖州新報の歌壇に盛んに作品を発表して、一躍チエテ移住地の閨秀歌人として名を成していた。
 昭和十四年、華絵は愛する夫をこの国の風土病プラスト・リコーゼで亡くした。夫亡き後は姑と共に四人の遺児を養育しながら時夫(夫の甥)と二人で慣れぬ畑仕事に励んだ。馬耕もやれば噴霧器を背負って棉の消毒をする華絵の姿を、私は家の畑からよく遠望した。月夜には衣類を洗濯する音が夜遅くまできこえたものである。
 私は縁あって十八歳の時、華絵に短歌の手ほどきを受けることになった。
 私と短歌との出会いは、ある日曜日、友人の家で机上にある古い婦人雑誌を
 手にとって、何気なくめくっていると歌壇が目に止まった。
                大田 水穂選
        入選一位
  オルドスの雪をそめけむ吾子の血のその紅が熱く目に染む

 二位、三位と読み進み、佳作の部も全部目を通すと、最後に選者詠として、「内蒙古へ赴任して行く弟子に送る」と詞書がついて、

  今日よりは西さして行く鳥影もかりそめならぬものとなりぬる
  身にしめて斯の道ひとつ守るかぎり亜細亜の奥も花のふるさと

 この三首の作品を読んだときの私の感動は、今も忘れることが出来ない。
 私は、右の三首の作品の歌を何回もくりかえして読んでしっかりと暗記した。
 それからは仕事中でも(忘れないために)前記の短歌を口ずさんで独り楽しんだ。
 特に「身にしめて」の短歌に心ひかれるものがあった。
 ある朝、棉畑の除草をしながら、いつものように口ずさんでいたが、まてよ、この短歌「亜細亜の奥も」をブラジルの奥も、と置き換えたらもっと私の心に適うのではないかと気付き、それからは
「身にしめて斯の道ひとつ守るかぎりブラジルの奥も花のふるさと」
と口ずさんで得意になっていたが、そうだ。日本語の勉強のためにもなる短歌を作ろう。と思い立ったのは十七年の四月に入って間もない日であった。
 四方の原始林は早咲きのパイネーラが咲き初めて、吾がアレグレの里にも秋がおとずれ、棉摘みに入るのも間近い。棉摘みが始まったら忙しくなる。善は急げ。とばかり月夜の晩、私は馬を駆けさせて志津野家へ向かった。道は迂回して行くので約一キロ半ほどの距離である。
 一年ぶりで訪れた私を見て、華絵は喜んでくれた。
「実は今夜お伺いしたのは他でもありませんが、短歌の手ほどきをして頂きたいと思ってお願いに上がったのです。」と私が言うと、「まあー短歌の手ほどきを……」とびっくりするような大きな声を出して華絵は美しい瞳でしばらく私を見つめていたが、「そうねえー短歌を作ると一口に言っても、いざ作るとなると大変なのよ。最初一、二年の間は誰でも張り切って作っているけれど長続きしないでねぇー。途中から止めて仕舞う人が多くて…折角期待して教えていた私が気落ちして夜眠れないこともあるのよ」と言われるのであった。

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