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ニッケイ歌壇(504)=上妻博彦 選

      ソロカバ       新島  新

為せば成る為さねば成らぬとは申せ一首なすにも苦心惨憺
五キロほどペダル踏むにも息が切れ一首詠むにも青息吐息
自腹切る訳ではないがこの長雨で野菜値上りするを心配
敵もさる者引っ掻くものとは誰のことあれまくれぐれ惚けなさるなよ
クーニャ議長の厚顔無恥には呆れるがあのしぶとさは見習うべきか

  「評」三、四、五首、氏ならではの作品。辛辣な社会批評のうちにも、必ず己にひきつけ自省しなければ済まない人間味が感じられる。そして苦心惨憺、心地良いリズムを忘れない。

      サンパウロ      武地 志津

懇ろな包装解きつつ思いおり賜いし方の〝雅のこころ〟
封切れば目先あかるき絵手紙の玉葱いまやもえぎの芽吹き
なに事も興味持つ女孫(まご)ただ一つ食べず嫌いの欠点を持つ
ときとして腫れ上る吾が足の甲そっと指にて撫で見る男孫
笑い声楽しき女孫につい釣られ狭き車中に笑いこけたり

  「評」ほんの些細な事がらが、人の琴線をくすぐる。ねもごろな包装を解く、指先もまた雅やかに伝わる。

      サンパウロ      武田 知子

ワイパーで狭霧払ひつつ早朝を渋滞も無く一路リオへと
独り住むコパカバーナの海浜の孫は仕事とて女中出迎う
居ながらにコパカバーナの花火見る浜は人波歓声の揺れ
元旦や一家それぞれリオに行き孫の誕生祝杯をあぐ
騒乱に季節の異変は地球規模宇宙の星に望みかくるや

  「評」フロントガラスをふくワイパーの音と静かな車中が伝わる。家族だけのしずかな雰囲気が、多忙な明け暮れの連続のうちに、憩をもたらすのだと、言っている。それにしても人類の欲望は宇宙の星にまでもと結んでいる。

      サンパウロ      相部 聖花

ポインセチア赤き嫩葉(わかば)の陽に映えて庭の一劃(いっかく)明るみてあり
月下美人今年の夏の女王花小さき蕾の息づくを見る
移り来てこの地の人は海芋(かいう)の花コッポ・デ・レイテと呼ぶを知りぬる
花屋にてコッポ・デ・レイテの花見つけ庭に植えたる頃の懐し
花の字をわが名にもちてさまざまな花と共なる明け暮れ喜ぶ

  「評」良寛は手毬をつきて子等とひもすがら遊んだと言う、聖花氏は花を愛でながら楽しむのである。そんな雰囲気が自然に伝わって来る、ふっくらと温もりのある作品。

      グワルーリョス    長井エミ子

イスラムの小さく重き国乗せた地球の回転止まるを恐る
友等皆早めにくれし賀状かな古き年にて届きたる束
夏至間近猫の額の庭の花老犬眠る狼藉ぶりよ
夫と妻皺に沈める顔持ちてサワサワと陽の昇る一日
地図広げ子等はなやぎて時知らずもう四(し)杯目の茶をすする夫(つま)

  「評」マホメット教の威力が世界に旋風を巻き起こしている。文明世界の挑戦であれば地球の回転も止まるやも。空爆だけでは治まらぬところまで文明は来ているのでは、二、三、四首の境地に至ればと、思いながら、その夫は四杯目の茶をすすっている。

      バウルー       酒井 祥造

良き雨とユーカリ苗を植えてゆく根つめ植え千五百本
エルニーニョ雨多く降るを良しとしてユーカリの苗を日びに植えつぐ
三千本二日に植えて記録とぞあと五千本良き雨よ降れ
苗植えに疲れて帰り夕食を食べずに伏して一刻休む
夕雲の真紅にもゆるは明日晴るるきざしと思えど気になる夕やけ

  「評」決して諦めない人。あと五千本よき雨よ降れと言っている。定着のためと言うより、この人の思惟の中には、一万分の一に届かなくとも、人類が作り出したであろう。エルニーニョとの対決の様な感すらある。

      サンパウロ      坂上美代栄

黄金の足に蹴らるるフットボール弾丸なしてゴール決めたり
ゴールなす選手、拳を握りしめ仁王の如くたちては駆くる
ゴールしてファンに応ゆる英雄は金網よじり雄叫び上ぐる
左手で右手で防ぎまた起きてゴールキーパーは死力を尽くす
涙のみ水を飲みての記者会見敗退の将サバサバ語る

  「評」蹴球を観戦する者の興奮を作者自身の視覚で表現している。一齣ひとこまの連続が読者をもさそい込む、こうした具体表現の中に作者の人となりを感じさせる。五首、特に佳。

      バウルー       小坂 正光

移住地の卒業写真は十四才の吾れ山靴を履き座りいる
裕福な家庭育ちの同級生の源ちゃん写真にズックで座しいる
先生は或る日笑みつつ我才子、友を秀才と評し給えり
秀才より才子と言う語劣るかと内心我は不満に思いぬ
成人後、両者星霜異にして八十路となりて友の訃を聞く

 「評」貧富の差を意識する多感な年齢の頃を回想する、そして『才子と秀才』の差を思い悩む我であったと。星霜を異にした両者を客観視する八十路の作者にその訃報は届くのである。人生観をしみじみ語りくれる思いだ。

  サンジョゼドスピンニャイス  梶田 きよ

何年までありしか昭和の年代も思い出せない年となりたり
昭和九年渡伯の頃をふと思う小学五年終りたる頃
半貨物船ハワイ丸にて渡伯せし昭和九年も忘れがちなり
船内で習いしポ語も楽しくてアルファベットでつづりし言葉
船内をあちこち歩き調理場をのぞきしことをふと想い出す

 「評」こうした古い回想を持つ子供移民達が、異言語の世界で艱難辛苦の後、短歌と言う小さな詩形を手初めとして日本人であることを自覚しつづけた。すでに女性としてのいじらしい程の道程を思わせられる五首目の作品。現代日本の職業歌人達も心の目を止めてほしいものだ。

      アルトパラナ     白髭 ちよ

朝起きの腰痛はげしく仕舞おきし杖つき歩む家内は空し
訪い来し友は最近医者通いと言いつつ互いに年を気にする
蜂すずめ花より花へと蜜吸いてあっと見るまに飛び立ち去りぬ
又来てと待てどもすずめはついに来ず雨がポツポツ又も降り来る
テイフーをぬりつつ吾娘は腰さすり病み止めむと気を使い呉れる

  「評」この国生れの歌詠み、そしてその子が母親の足腰をさすって呉れるのである。歌詠みを愛すること、そして歌その物を愛しつづける、不思議な行為を持つ人達がいるだ。

      カンベ        湯山  洋

初日の出大地は緑に覆われて東の空は黄金に輝く
初日の出地平線に光り映え二千十六年の出発点なる
元旦や未明に起きるは吾一人除夜の花火に眠れぬままに
初日の出拝むと短かき夜を更かし朝寝坊する歳にはあらず
東雲の静かな一時吾は好き元旦なれば厳粛にして

  「評」二〇一六年の初日を拝すと未明から起きて待つ作者の姿が、厳粛なまでに表現されている。一年に一度の日本人ならではの思いだから尚更である。

      サンパウロ      遠藤  勇

十二月二十八日誕生日九十年を確かに生きた
大正に昭和平成三代の生気に浴し我恙無し
顧みる九十年の道のりは石も有りたり花も有りたり
佳事もあり難事もありし我が歴史人生万事塞翁が馬
知人より折りたたみ杖贈られて探していたとうれしく思う

  「評」九十寿を生き抜いた作者の感懐である。石も有り花も有った、佳、難をも有るがままに乗り越えて見れば万事塞翁が馬とつくづく思うのである。はからずも折りたたみの杖を贈られた作者の至福感である。

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