ホーム | 文芸 | 短歌 | ニッケイ歌壇(522)=上妻博彦 選

ニッケイ歌壇(522)=上妻博彦 選

サンパウロ      梅崎 嘉明

鉄人と名のある大人(うし)は以外なる好紳士にて吾が名を呼べり
面識のなき吾の名覚えいる知識豊かなる大人(うし)とは知れり
緑こき庭園にして広大な建物のあり図書館と聞く
管理人のなき図書館にて盗む者あるとも良しと寛大なる弁
歌会に閲覧室の借用を乞えば気安く名刺くださる

  「評」に代えて、抄出させてもらう。
先日、サンミゲル・アルカンジョのコロニア・ピニャールにピクニックして、有名な天野鉄人氏の図書館を訪ねたときのものを五首にまとめてみました。
 天野さんは鉄人と名があるのでいかめしい方かと思ってましたが、以外な好紳士だったのでちょっとびっくりしました。
 広い閲覧室があるので、いつでも利用して下さい、とのことでした。
九月十五日

サンパウロ      武地 志津

巡業の役目終えしと白鵬のこの秋場所を怪我にて休場
小手投げで琴奨菊を下ろしたる隠岐の海関善戦続く
上位陣ほぼ総なめの隠岐の海インタビューにも表情変えず
嘉風の速攻相撲に鶴竜の必死の攻防国技館沸く
秋場所の日々好調に豪栄道苦手の高安寄り切って勝つ

  「評」全勝は豪栄道のみとなった。十一日以後が面白くなる。勝負は時の運もある。だから、『一番一番をしっかりと前に出て』と答える汗びっしりの力士のきまり言葉が、相撲ファンにはこたえられない。掌に汗にぎる歌詠みの一首一首も又、妙味がある。

グァルーリョス    長井エミ子

街道の花売りの花器量好しから買はれゆくもう黄昏て
フェジョンの収穫したる四千俵浮かれた国のミナス路晴るる
学友は中堅なりやアフロード一鉢を買う吾子の横顔
野良犬や愚痴のこぼるる日向ぼこ吾と汝足して世も末ならむ
忘却の隅に終(しま)いし物のあり昨夜(よべ)みし夢のふるさとの海

  「評」一首目の上の句と下の句の〝掛言葉〟風なやり方が、結びの『もう黄昏て』で『からかはれゆく花』それとも『器量好し』から買はれるのか? こうした作家集団が復活してきたのかと思うと面白い。四首目の『あとなと足して』『世も末ならむ』。短歌の命、韻律を損はぬことを第一としている長井作品と思う。

サンパウロ      相部 聖花

カトレアの華やぎ香る庭に出て花嘗ずるなり日に幾たびか
日除け覆いなどを作りて花待ちし夫は今亡く一人の花見
ピタンガの実が陽に映えて珊瑚色老いも若きも味見して行く
安倍首相の赤き帽子の演出を解せざりしは我のみなりき
大統領弾劾の刻花火上ぐ輩は何を喜び祝うや

  「評」四、五首目、首相と言えどもやはり演出は下手。この国のプロデューサーの力を借りるべきだった。大統領罷免、そう決定したのであれば、物静かに一人の為政者の反省と、国民も共に自覚すべき所。『これをととのうるに礼を以てすれば、恥有りて且つ格(いた)る』。

サンパウロ      遠藤  勇

少雨あり降り続けよと思いしに願届かず又晴れの日々
リベルダデ広場ひと本さくらあり春が来りて花開きたり
この広場桜の花で埋めたなら日本移民は郷愁癒す
何時の日か一壷の酒を携えてマカコベリョの集い来るかも
汚染満つ都市の真中のこのさくら流石は国花ぞ雄々しく咲けり
桜咲く古里後に八十年さくらを見れば故郷想う

  「評」寒冷が去り少しは降ってもと思ったがからりと晴れ、桜の開花、日本人の心を癒すものは『花』そして一献とゆきたい所。

サンパウロ      水野 昌之

清楚なる白蘭愛でる中年女カメラの前に面映ゆく立つ
交配種の濃紅くどき蘭の花言葉にせねどセクシーな感じ
蘭に吊る値札にピンからキリがあり商魂あらわに客待つガーデン
選ぶとは選ばないこと目が止まり一見惚れして蘭持ち帰る
列をなし買う気もなくて蘭愛でるそれを横より見ている心

  「評」(ミニ・サイア意識はせねど街を行く世代の娘等の吾が眼を誘う)と、四十五年も前に詠んだ紳士があった。男子の本懐と言うこともあろう。あるいは煩悩ともなろうが、自然であるが侭の心。『それを横より見ている心』実に目差しが善い。

カンベ        湯山  洋

徒然にソファで一人視るテレビニュースもドラマも子守唄かな
手間取れどゲートボールは出来るから仲間に入れと誘う友達
この年で今から始めるスポーツには恥掻くだけと尻込みをする
認知症運動不足に役立つと心配もして説得する友
意を決しゲートボールに行く道に臆病風が車を遅らす

  「評」友を選ぶなら物を呉れる友と言うのがあったが、時代は、認知症予防まで心配してくれる友と移って来た。衒いのない、芯から面白い人なのである。『車を遅らす』所までが実にユーモアである。

バウルー       酒井 祥造

不景気も知らず高値の物を買ういかに富む人世に多きよ
買物を山と積む人店に見る我の買物いかにつましき
生活の不安を知らずに本を読み歌詠む日常にすぎてゆくらし
悟りには遠き生活にあくせくと生きるも良しと過ぎてゆく日々
天災の多き世界のニュース聞く文明の世のかたすみに生く

  「評」倹約をも旨として生きて来た日系移民にとって、物が溢れる消費社会を見るに耐えない思いをする祥造氏の目がある。そしていつも抑えのきいた穏やかな作品。

サンパウロ      大志田良子

リオ五輪南米初の開催をテレビ観戦日夜たのしむ
四年後は東京五輪いち早くリオに負けじとニュース流れる
この冬の寒さがことに躯をかたく肩凝りつヾき鍼灸こころみ
めぐり来る月一度の命日に亡夫の好きな栗まん供へ
記録せし手帳の短歌(うた)を読みかえし思いはよぎるあの時あの日

  「評」危惧された五輪も無事済まし、私共の養国ブラジルは底力があるのだと安堵した。ここ二、三日暖かく首の凝りも和らぎ、身辺の事などにも思いをめぐらしている作者。

サンパウロ      坂上美代栄

ほのぼのとパラリンピックの幕開きてメダルに泣く者敗者の笑顔
四脚を二つに揃え行進の親子の温もり吾(あ)に感電す
障害の蔭りを見せぬ若きらをはぐくみし親屈託見えず
ひとりでに涙のにじむパラリンを「いいないいな」と思わず拍手
どの顔もなべて明かるしパラリンピックこれが本当の世界は一つ

  「評」特にブラジルは障害者や老人達に思いやりの深い国。映像で楽しむだけの筆者も、開催が無事終了したことに胸を撫でおろした。

バウルー       小坂 正光

吾が国に寓話の三つ桃太郎鬼を退治し大和の国成す
浦島の太郎は助けた亀に連れられて竜宮城にて長生をなす
幼より冬の炉端で爺祖母は孫等に寓話聞かせて喜ぶ
幼なより嘘を語るな物盗るな寓話の世界の尊き教え

  「評」日本の炉端には家族制度が産んだ文化があった。あの三世代が同居するなつかしい暮しがあった。そして自ずと礼儀作法などの仕付けがあった。核家族は日本人には本来不向きなのかなと思う。

千葉県        作木田やす

メヒルギの生えし熊野に湯場もありゆるりと浸り波の音きく
島を出てはや五十年懐かしき同窓生の顔甦る
ふる里は石蕗の花咲きしころ芋の収穫(とりい)れ亡父母をし偲ぶ
耳もとに蚊のこゑまつはり夢うつつ団扇片手に蚊帳を吊る夢
とうに亡き母を久しく夢に見ぬ社の石段を並び掃きたる

  「評」八人兄妹の七番目に生を受けた長女、次々と離郷する兄達を送り中学を卒業するまで、島にのこり父母と共に産土の社を護持し、次の妹を手助けた。長男である筆者は、郷里のために何をしたかを思う時、忸怩たるものがある。

サンパウロ      上妻 泰子

レストラン「イラッシャイマセー」と声あげるいよいよ根づく日本語ここに
深呼吸しつつし見上ぐる梢はや若葉は萌えて手をつなぎおり
日本より「南船」の歌誌いただきぬ二人して読むひと日黙して
リオ五輪NHKで見るニュース日本よブラジルよと心ゆれつつ
リオ五輪国の歩みも舞に入れ平和に終えて光る金賞

  「評」無事に終了した五輪そしてパラリンピック。危惧されたリオ開催、関係国がそろって胸を撫で下ろしたことだろう。この国の日系人達も、この養国のいよいよの時の底力をアピールすることが出来た。

image_print