ホーム | 文芸 | 連載小説 | チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽 | チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽=(7)

チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽=(7)

 しばらく草書の字を見つめていた私は「何と読むのですか?」と尋ねると、「私にも読めないのよ。主人が生きていてくれたら、このような字は訳なく分かったのに」と言われるのであった。
 華絵の亡夫、甚一は能書家であると共に文学の嗜みの深い人であった。
 「志津野荘一」のペンネームで昭和十二年頃、聖州新報に連載小説を寄稿していた。その新聞の切り抜きを華絵から見せてもらったことがある。
「それで、この歌集の持ち主はどなたですか」
「この歌集はねぇー飯島清君が、高津の奥さんの蔵書の中から、希覯本だといって借り出して持ってきたのです」
「それじゃ、高津の奥さんに訊けば分かりますね」
「そう、高津の奥さんは学問があり、教養の深い方だからおたずねして訊くとよいのだけれど忙しくてその暇がないと言われる。でも主人の使っていた草書の本があるから暇な折り調べて見る」と言われるのであった。
 千々迺舎集の所有者、高津の奥さんのご主人はベラフロレスタでホテルを経営すると共に、ペレイラ・バレット市までの乗合いバスをお抱え運転士に一日一往復ではあったが運行させ、自身は棉花の仲買人もやり、ベラフロレスタ管内では一番の顔役で大きな家には、いつも居候が二、三人は居た。
 奥さんから「千々迺舎集」を借り出した飯島清君もその一人であった。

 高津の奥さんが歌を詠まれることを私は、華絵から手ほどきを受ける前から知っていた。と言うのはチエテ移住地は毎年、入植祭が行われたが、十五周年祭は盛大に催された。余興の一つとして「宝探し」があった。
 商品は一等から五等まであった。「宝探し」の鍵は「謎入り」の歌であった。
 歌の謎を解読した者が賞を得る。という趣向であった。

  焚火スル人山ヒトノテノヒラニ、ニギレル宝タレゾ見イダス

という短歌であった。私が市街地へ着いた時は、宝探しの真最中であった。
 大勢の青壮年達が鍬を持って高津ホテルの前庭を削っているのだ。それを見ている人達で、歌に詠まれている如く周りは人の山である。
 吾れこそ宝クジを得よう。と前庭を必死に削るので土埃が赭く舞い立つ。
 そこへ高津の奥さんが大慌てにとび出してきて、「皆さん 庭をいくら削っても『宝クジ』はありません。土埃が家の中に入って困るから止めてください。
 『宝クジ』は私が隠したのですから他の場所を探してください」との言葉で一同鍬の手を止めた時である。
「アッタ!『宝クジ』見ツカッタゾ!」と誰かが叫んだ。
「オイ ドコニアッタ」
と異口同音に訊く。「此処のサボテンの中にあった」と言う。
 どうしてサボテンの中にあると分かったのだ。解いて聞かせてくれ、と誰かが言う。
「ウン、これから歌の謎解きをするから皆んな、良く聞いてくれ。いいかね。まず最初の歌の第一句が(焚火スル)だ。焚火をして火に当たっていると顔がホテルから、高津ホテルの前庭に大焚火をした跡があるので第一句は誰にでもわかる」。

image_print

こちらの記事もどうぞ

  • チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽=(12)2016年1月30日 チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽=(12)  周りに誰もいないベンチに腰かけて勢い話は本のことになる。何と言っても今日の掘り出し物は「金子薫園の短歌の作り方」と私が言えば、いや 谷崎潤一郎の「文章読本」もいい、と品次君が言う。 ウニオン区の青年たちが見おとしてくれたお蔭で我々の手に入ったのは運が良かった、と喜び合うのであ […]
  • チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽=(10)2016年1月28日 チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽=(10)  祖母も起き出しておくどさんに火を燃やしている。ゴーゴーとコーヒー豆を挽く音がする。やがて祖母は大きなカネッカにコーヒーを注いで持ってきてくれる。 七月の朝寒に飲む熱いコーヒーは香りも高く何ともいえぬ旨さだ。 馬を曳き出して鞍を置き荷物をとり付けていると、蹄の音が聞こえてきた。 […]
  • チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽=(11)2016年1月29日 チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽=(11)  常日頃欲しいと思っていた本がある。 「万葉集評釈 江戸時代和歌評釈」「子規・節・左千夫の文学」佐々木信綱の「豊旗雲」谷崎潤一郎の「文章読本」「朗吟名詩選」福沢諭吉の「人生読本」バルザックの「この心の誇り」選んだ本を千代吉さんに持って行く。彼は品次君と吉川君が選んだ本を手帳に記 […]
  • チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽=(8)2016年1月23日 チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽=(8)  「次は第二句だ。いいかね。人山ヒトノテノヒラに、この第二句は解読するのに時間がかかったが苦心してやっと解くことが出来た。人山人は、仙人のことだ。人べんに山は仙だ。仙の下に人があるから仙人となる。次は手のヒラだ。『仙人掌』でサボテンと云うことが解った次第。宝クジはサボテンに針で […]
  • チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽=(6)2016年1月20日 チエテ移住地の思い出=藤田 朝壽=(6)  昭和初期のチエテ移住地で、開拓に明け暮れた移民妻の哀歓を叙情豊かに歌いあげた華絵作品は二十四歳から三十歳までの歌であることを想うと華絵がコロニア短歌界に残した足跡は大きい。 椰子樹編集長の清谷益次は近年、日伯毎日紙に、特に華絵短歌を採りあげて三回に亘って歌評したことはまだ記憶 […]