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移民史の基礎文献をポ語訳する意義

醍醐麻沙夫さんの「ブラジル移民文庫」サイト

醍醐麻沙夫さんの「ブラジル移民文庫」サイト

 大学時代に担当教官に良く言われたのは、「専門家と云われるためには、最低100冊の関係書籍を読め」という言葉だった。当地で「日本移民史の研究者がいない」との嘆きを聞くたびに思うのは、「ポ語訳された日本移民史の基礎文献が100冊あるのか?」という疑問だった。文献がなければ、研究者になりたくてもなれない▼そもそも子孫が日系意識を持ち、ルーツへの関心を高めるには移民史知識が必要だ。歴史を知ることは、思想的な〃足腰〃を鍛えることだ。足腰がしっかりしていないと、腹が据わらない。移民史への関心を高めるためには、研究者が時間をかけて興味深い事実を掘り返すことが必要だ。でも掘り返すための材料、基礎的な情報がないのが現状だ▼移民史研究には、まず日本語を5年、10年がかりで勉強して文献を読みこなす必要がある―そんなハードルの高さから若い研究者の多くが脱落する。だから、今までに書かれたポ語移民史は、少ししかない基礎文献の焼き直しが多い▼式典とか花火などのイベントと違って、後世に残る数少ない貴重な百周年記念事業の一つ、醍醐麻沙夫さんの「ブラジル移民文庫」サイト(www.brasiliminbunko.com.br)は素晴らしい仕事だ。移民史の基礎文献がPDF化されて、誰でも無料で読める。この日本語版には約160冊が収められ、これを読むだけで専門家になれる▼ところが、同文庫のポ語版サイト(www.imigrantesjaponeses.com.br)には約40冊しかない。しかも、基礎文献は永田稠『南米写真帳』、竹下写真館『在伯同胞活動実況写真帳』、『80年史』、半田知雄『移民の生活の歴史』、『ブラジル沖縄県人移住史』、香山栄一『チエテ郷土史』の訳ぐらいか。これは醍醐さんのせいではなく、ポ語訳出版物自体が少ないからだ▼移民150周年に向けて、基礎文献100冊を翻訳出版するプロジェクトができないものか。でないと、せっかく日本語では潤沢に出版されている移民史の血肉となる逸話が、子孫に伝わらない。同じ基礎文献からの焼き直しばかりでは面白くないし、間違いがあれば何度でも繰り返して引用される危険がある▼連載中の軽業師・竹沢万次にしても、『埋もれ行く拓人の足跡』(鈴木南樹、1967年復刻)がポ語訳されていないから、日本人軽業師に関して断片的な情報しかポ語論文に用いられていないと痛感する▼最低でも次の文献のポ語訳は必要ではないか。鈴木南樹『ブラジル日本移民の草分』『~足跡』、野田良治『ブラジル人国記』、輪湖俊午郎『バウルー管内の邦人』、児玉正一『上塚周平』、『香山六郎回想録』、人文研『日系社会史年表』、『ブラジルに於ける邦人発展史』(上、下)、『移民40年史』、『移民70年史』、『物故者列伝』、『文協50年史』、『パラナ日系60年史』、『北原地価造追悼集』、アルバレス・マッシャード『拓魂』、『プロミッソン十周年史』、『コロニア芸能史』、『南米の戦野に孤立して』、『日々新たなりき』。ポ語にすれば未来永劫、子孫が使える。そんな100年後を見据えたプロジェクトをやろうという人や支援者はいないだろうか。(深)

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