ホーム | 文芸 | 連載小説 | 「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo) | 「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(38)

「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(38)

「外人の女の体は、そんなものだと思ったの?」
「いいえ、実はすごく興奮してたので、妻の体の細かい部分までは覚えてません。普通外人の女は、子供を生んだ後はすごく太りますが、彼女の体は仕事帰りに運動をしているせいか、引き締まってましたし・・・。あっ、そう言えば、彼女と一緒になった時、それまで経験したことがないような・・・何か母親的な癒しを感じたような気がします」
「やっぱり・・・」

【第18話】


 「僕からもジュリオさんにお話ししたいことがあります」と言って、リカルドはさっさとレジに行き、二人分の勘定をまとめて支払っている。私は、そこは南米みたいだから、チップを置かなくていいのかなと思いつつ、急いであとを追った。
 フリーター君とガロータのファミリーのテーブルは、笑い声で盛り上がっていたが、深刻そうな顔をしたリカルドに気づくと、皆心配そうな顔をしたので、私の方から元気な声で、「アテ・ローゴ」(またね)と声をかけた。
 レストランを出て、南米にある日系移住地のメインストリートみたいな通りを歩き、狭い通りを入って行くと、リカルトのアパートにたどり着いた。
 「○○ハイツ」という看板が掛った建物は、先週、大久保で見た、キムラ氏がかつて住んでいたというぼろアパートに雰囲気がそっくりだ。外観と広さだけを比べると、サンパウロの低所得者向けに建てられた公営住宅の方がましだ。
 アパートの中は、きれいに整えられていた。リカルドに促されて、台所兼居間にある二人用のテーブルの小さな椅子に腰かけた。粗大ゴミ置き場から、カロリーナと一緒に調達してきたという、例のテーブルセットだ。
 台所には、日本に来てすぐ、カロリーナが要領よく手に入れたという電子レンジと冷蔵庫が置いてあった。お湯を沸かして、冷蔵庫から何かを取り出してゴソゴソやっているリカルドの隣に、少し前まで一緒に暮らしていたカロリーナの姿を想像してみた。
 カロリーナの持ち物は、ほとんどサンパウロに送り返したみたいだが、ブラジルで「親子」三人で撮った写真はまだテーブルの上に立ててあり、その横には「妻の形見」らしい指輪が置かれていた。手にとってよく見ると、裏側には、「リカルドから『アナ』へ、愛をこめて」と書かれていた。
 リカルドが、コーヒーとデザートのプリンをテーブルに持ってきた時、彼の左手を見ると、この間会った時には気づかなかったが、まだ「結婚指輪」がはめられていた。
「さっきはデザートを頼みませんでしたから、自家製のプリンでもどうですか」
 さすがは南米人。やはり、デザート抜きではランチは終わらない。一口いただくと、こってりした甘さに卵の黄身の風味が舌に残り、いかにも南米流の自家製プリンという感じだった。続いていただいたブラジル製らしいインスタントコーヒーの方は、木村屋コーヒーと比べると、正直言ってまずかった。
「このプリンいけてるよ!リカルドが作ったの?」
「実は、妻から、毎週日曜日に、料理とかデザートの作り方を教わっていたんです」
「そうか、奥さんの味か・・・。あっ、何か、君から話があるって言ったよね」
「実は、ジュリオさんの話を聞いて・・・、ようやく自分が騙されていたことに気付きました。でも、二人の出会いがどうであれ、カロリーナと一緒に過ごした日々は、本当に楽しかったです。騙されていたとはいえ、僕は、彼女が最後の晩に言った・・・『リカルドとこのままずっと結婚生活を続けられたらいいな』という言葉は、嘘だったとは思えません」

image_print