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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(41)

 その頃、再三、岐阜市を訪問していた千年君。そのついでに大阪の企業のお膳立てで、ブラジルからの「出稼ぎについて」と題した講演会に招待された。そこで出稼ぎ事情をお話したが、その席に彼の支店長さんが出席していたようで有った。そんなことを書いたメモが、現金五万円と共に例の封筒に入っていた。つまり大東なる建設会社は、数年前からブラジルに興味を持っておられたのでありました。だから千年さんは全く無縁ではなかった事と成る。
 それから数日後、須磨子さんを連れて大東本社に立ち寄り、お礼を言って、須磨子さんの手荷物を受け取り、取り敢えず横浜市の戸塚区の「戸塚家政婦斡旋所」に連れて行った。須磨子さんに心配ないか念を押し、須磨子さんを預けて千年は東京の目黒本社に十日振り出社した。
 そしてますます千年が仰天する事態が発生します。千年が会社に帰る前に、仕事の部署は決まっておりました。次長木下さんが紹介されて「今後はこの木下次長さんの指図で働くように」と総務部長西口さんから言い渡された。千年は部長さんと次長さんに最敬礼していた。
 次長さんが「仕事の事は、ユックリ後で説明する」として、「とにかく宿舎に行きましょう」と言った。
「ハイよろしくお願いします」と千年。
「じゃ、荷物を」と千年君が立った。
「ああ、荷物はもうアパートに届けさせたよ。さあ行こう」とエレベータで車庫に行った。
 すると、「千年」と床に書いてある。ハテナとは思ったが、次長さんがドアを開けて呉れたので、そのまま乗り込んだ。走りながら次長さんは、こう行き、こう曲がってと、出勤の道順を説明してくれた。千年は「何と親切な次長さん」と嬉しかった。
「君のアパートの住所はここだよ」と、タイプで書いてある地図を何気なくわたしてくれた。
 さて車はアパートに着いた。しかし、かなり立派な建物であるらしく、庭も広い。車は玄関に横ずけにされた。課長は中に這入り、何か受付に話していたが、「千年君」と言って手招きした。千年君は車を降りて、玄関を這入った。次長さんとエレベータで十五階に上がって降りた。百十五号室の表札に「千年太郎」と書いてある。
「次長さん、これは?」
「ここが、これからの君の住まいだ。アパートだよ。ここはマンションと言うんだ。それに、これが君の車のカギと車検証だ。車はトヨタだよ。駐車番号は百十五番だよ。それじゃ明日の朝十時に出勤だよ。じゃ明日の朝まで。ああ、このアパートの解からんところは、会社の事務所の沙世ちゃんか、ここの管理人の山下さんと相談したら、皆知ってるよ。ここはうちの会社とは長い関わりだからな。君、奥さんは早く迎えに行きなよ。車を運転できるんだろう」
 いやはや、次長さんは千年の事は何でも知ってる様子。
「まぁー、いいや」と部屋の中にはいって二度びっくり。応接間には、ブラジルの我が家より数段高級な家具が。しかも全部新品ではないか。台所もお風呂場も、千年君のブラジルのより良く出来ており、一人暮らしには見えない。寝室も二つある。寝具もきれいだ。一体俺を何様と想っているのだろうか。少しおかしくは無いか。会社は家賃をどうする積りかな。千年は一人で整理しながら、段々不安になって来た。
「よし明日の朝何もかもぶちまけて、俺の実情を解かってもらい、それから、すっきりして仕事にかかろう。それにしても、須磨子さんはどうしてるかな。いっそのこと、ここで須磨子さんと暮らそうか」と思い浮かんだ。

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