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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(3)

 ところが相手はこれを松太郎への加勢と勘違いしたらしい、振り上げた鞭を今度は源吉に向けてきたのだ。はじめの数回はなんとかかわしていたもののバシッとまともに一発を食らうと対抗するしかなかった。軍隊時代に習った柔道の技が無意識に働いた。相手の利き腕をつかむと、ドウッと、一本背負いが見事に決まって、相手は地面に叩き付けれた。これが二、三回繰り返されると相手も叶わぬと知ったらしい。
「猿め、覚えてろ」。捨てぜりふを残して繋いであった馬で去っていった。
 源吉はこの男ジョンが誰だか知らなかった。よその耕地から移って来た新顔監督の一人だと知ったのは、後になって集ってきた仲間に聞いて初めて知ったことだった。
「こいつはまずいことになったぞ。なりゆきとはいえ、監督を投げてしまったとはな」。とにかくことを荒立てないようにと、今日は一人、仕事を早めに済ませて、そっと家路に急ぐ途中だった。
「ガツッ」
 ジョンの一撃が横顔に炸裂した。かわす間もなくストレートが飛んでまともにあごに入った。続いて前から横から鉄拳の雨が降った。源吉は両手で顔を覆うようにすると背を丸めた。
「こいつらに抗ってはならん。主人に歯向かったとなったら、今までの苦労も水の泡だ。いや、俺一人の幸、不幸じゃない。問題が広がったら日本移民全体の名に拘わることにもなる。俺一人で済むことなら、ここは我慢のしどころだ」
 誰かのこぶしが腹に食い込んだ。拳が振り下ろされる度に源吉は左に右によろめいたが、倒れなかった。「しぶとい野郎だ」 「日本猿は泣き声を出さんな」
 中の一人が飛び上がると源吉の膝の後ろを蹴りつけた。さすがにこれには耐えられず、ガクンと膝を折って源吉は倒れた。倒れたところへ革靴の足蹴りがふりそいだ。
 その中のいくつかが後頭部に当たると、さすがの源吉も気を失ってしまった。
「ペッ、ペッ」。
 気を失ったままの源吉に唾を吐きかけると、「へッ、いいざまだ」「監督に逆らう奴へのみせしめだ」
「命を助けてやっただけ 有り難く思え」そう言い捨てて、ジョンの一群はその場を去っていった。
 なん時かが過ぎた。日のかげった気配に源吉は正気に返った。顔は腫れ上がって切れた唇には血がこびりついていた。立ち上がろうとすると身体のあちこちが痛んだ。服もズボンも泥と血で汚れて破れていた。
「畜生、移民という身でなかったら、あいつら ただでは済まさんのだが」。立ち上がって汚れを落としながら源吉はうめいた。何故か故国を出るときの情景が思い浮かんできた。
「源吉さん、がんばってこいよ」
「コーヒー作りで今に大地主だな」
「上手くいったら我々も呼び寄せてくれよな」
 口々に言いながら手を振っていた知人、友人の姿が目に浮かんだ。
 大陸の日は急速にかげって、あたりは暮れかけていた。カフェザール(農場)のはるか彼方の地平線に赤い大きな太陽が沈もうとしていた。あたりの空を赤く染めて、それは燃えているかのごとくだった。
「源吉、カネ、金とそればかりに目をくらまされるな。身体を丈夫にな。それが一番大事だぞ。そしてもう一回元気な顔を見せに帰ってきてくれよな。待って居るぞ」こうしみじみと言った老母の顔がまぶたに浮かんだ。

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