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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(10)

 手堅く仕事を伸ばし、仲間内でも信頼の厚い川本が口を開いた。
「源さん、貴方の言うことはもっともだ。今までの積みあげをみんな奪ってしまって、非道を通してきた外人に今更頭をさげられないという貴方の気持ちは、痛いほど分かる。しかし、ここはブラジルなんだ。たとえどこの国籍を持って居ようと、この国に住んでいる以上、この国の規則に従い、この国の人達と協調していくのが、我々の道だと思うんだ。今までの行きがかりはともかく、警察が来た時はことを荒立てずに、なんとかそれに従って貰いたい。
 我々には今これといって何も出来そうも無いけれども、皆、貴方のために何とか役立ちたい、協力をしたいと考えているんだ」
「そうですとも源さん、何でも警察はこの前の手強い返答にこりて、今度はマリリアの駐屯隊に応援を頼んだということだ。町じゃあ一個分隊は来るだろうともっぱらの噂だ」
「これじゃあ 我々がいくら意地をはったところでかないっこない。ここはひとつ川本さんの仰るとおり、我を折って、アチラさんの言うことを聞いて下さい。この通り頼みます」
 松太郎はこう言うと本当に手を合わせて、源吉を拝む様子をした。
 警察官が銃撃で追っ払われて、それに応じるために軍警兵が出動してくるとなるとどういう結果が出るか、ここに集った男達は皆知っていた。
 官命に従わない者の命など、ハエの命ほどにも考えない手荒いブラジル式の処置の例を、これまでいやというほど見聞きしているのだ。
「わし一人のことで皆さんに心配をかけて申し訳ない。これだけ気遣って頂いて有り難くお礼申し上げます。ただわしの気持ちは前に申し上げたとおり、何と言われようと これを変える心算はありません。
 人生僅か五十年というが、わしも今までこの五十年近い間、自分の思い通り、やりたいことをやって来た。それで苦労をかけた女房には先立たれ、今はもう思い残すこともない。生涯の終わりに来て今更その筋を屈してまで、一人老いさばらえようなんて気には到底なれませんのだ。
 男として、日本人としての名誉が保てるなら、この世におれる年月が少し位、長かろうと短かくなろうと、はたまた、財産が失われたの儲かったのと、そんなことは二の次の問題です。 『花は桜木、人は武士』という例えがある。何も終わりを急ぐ心算はないが、一度は土に還らねばならぬ身ならば、いさぎよい桜の花の様に、きれいな散り際で有りたい、こう思っているのです」
 むしろ悟りきったような源吉の落ち着いた言葉に、誰も反駁の言葉が見つからなかった。
 源吉は続けた。
「ただ心にかかるのは幼い子供たちのことです。子供達はここで生まれたことでもあり、親のやることのトバッチリを受けるいわれもない。もう一人前の男の子のことはとにかく、下の二人は女の子でもあり、なおさら行く末が気にかかります。もしもわしに万一のことがあったら、どうかここにおいでの皆さんで何とか育てて頂きたい。二人とも女房に似て素直な良い子達です。どうか将来のことをくれぐれもお頼みいたします。これが 杉田源吉の唯一の、最大の御願いです」
 こう言い終わると源吉はテーブルに手をついて、皆の前に深々と頭を下げた。
 源吉の決意の強さに打たれてか、子を思う親の心を感じてか、一同粛として声をのんだ。
 果てしなく広がった牧野に夜はますます深く、遠く夜鳥の鳴く声がヒョーとひびき伝って、闇に消えた。

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