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ニッケイ俳壇(907)=富重久子 選

サンパウロ         広田 ユキ

からからと音して浅蜊計らるる

【時々魚屋に浅蜊があると買ってくるが、若い魚屋さんは篭に浅蜊を掬って秤の入れ物に威勢よくこぼし入れ、この俳句のように「からから」といい音を立てる。
一読平坦な俳句でありながら、その場の魚屋さんの様子が眼に見えるようで楽しい一句である】

庭隅の母の畑に豆の花

【二句目、この俳句も読むとすぐ自分の母親のことが胸に浮かび、何時もせっせと畑仕事をしていた姿が思い出される様な、懐かしい優しい俳句である。
「豆の花」という絶妙な季語の選択で、一句をゆるぎない佳句としている。五句を通じて巻頭俳句として推奨させて頂く】

赤味噌の浅蜊汁には白ごはん
秤よりこぼれし浅蜊おまけとす
野遊びや何でも摘みたがる句友

サンパウロ         山本英峯子

草の餅寺に婦人部ありにけり

【お寺には婦人部といって、色々な催しのある時は皆でお手伝いをしている。
「草の餅」という季語をもって、此の婦人部の人々が前の日から支度を整え、何かの記念日とかお寺のお参りの日とかで柔らかい美味しい草餅を作って、多くの人に販売するのである。これも婦人部あってこその行事である。きっぱりとした佳句であった】

通る度騒めく木立百千鳥
幼な日の勿忘草よ今いづこ
テレビ塔宙に浮かびて霞けり

ポンペイア         須賀吐句志

春灯下呆けない為の読書とは

【だんだん老いてくると、一番心配するのは呆けること。物忘れの少々は仕方が無いが、ある程度は死ぬまで平常心でいられることである。読書と物を書く、特に俳句などをするのが良いとされている。
この句の様に、春灯下で読書してもすぐ眠たくなってしまう。やはり何時もノートを持っていて、散歩したり小旅行したりして長閑に過ごすことであろうか】

スマホンの操作教はる春灯下
朧月我にもありし青春譜
一と言葉胸にあたため朧の夜

コチア           森川 玲子

独立祭子らとぶどう酒酌み交はし

【「独立際」は九月七日、昔子供達が幼い頃は行進の前列で元気よく歩くのを楽しく見ていたが、最近は行進も太鼓の音も聞こえず寂しいものである。
作者は立派に成長した子供達と、ワインで乾杯しての独立祭。ブラジルの独立の歴史をひもといて少し知識を広めたいものである】

水やればわすれな草の瑠璃色に
春寒しオートミールの赤き椀
花えんどう咲き揃ふ頃夫逝きぬ

サンパウロ         橋  鏡子

堪へるとは昔の言葉終戦日

【確かに「堪へる」ということは、昔の言葉であるかも知れない。「欲しがりません勝つまでは」の言葉も、その上の言葉。この頃の子供は欲しいものは何でも買ってもらえる、やりたいこともやらせて貰えるというこの時代である。          
「終戦日」の八月十五日が、しみじみ懐かしい我々の胸にしみる佳句である】

若草や育ちざかりの孫五人
メトローの出口に不意の余寒かな
尻尾立て寄りそふてくる仔猫かな

ソロカバ          前田 昌弘

啓蟄(けいちつ)の蛙に子犬後退り

【冬ごもりをしていた蟻、蛇、蛙,蜥蜴などが気温の緩むにつれて這い出てくる事を「啓蟄」という。
そんな出てきた蛙さんを、子犬が一寸恐がっている様子を詠んだ佳句である】

風邪に臥す主の窓訪ふ蜂雀
囀やここと思へば又あちら
春暁や四時には灯る子の部屋に

スザノ           畠山てるえ

昼食に坐れば余寒足元を

【今年はどうしたことか、何時までも寒さが続き此の句の様に、仕事を続けようと椅子に坐ると昼間でも、しんしんと余寒が足元から上って来る。「余寒」という季語のよく利いた佳句である】

焼きそばの屋台繁盛春日影
春眠や駅を間違へ降り立ちぬ
都市はなれ新駅に着く木の芽風

バルゼングランデ      飯田 正子

見事なる盆栽の鉢苔の花

【苔は日陰の石や土に生え、青々として小さな花をつける。花苔とも呼ぶ。
盆栽の展覧会に行って見事な盆栽を鑑賞した作者。ふと見ると盆栽の根元に、きれいな苔の花がついているのを見つけての佳句である】

一番雨急ぎて植ゑるモロヘイア
老梅や子供の園の藪の中
桑の実やたわわに付きて枝垂れて

インダイヤツーバ      若林 敦子

春愁や今日は何日浮かばぬ日

【老人科の先生に診察を受けた時、「今日は何日ですか」と問われたことがあった。そんな所から老人病が始まるのであろうかと思うと、何と無くぞくぞくっとするが歳はとりたくないもの。珍しい一句】

つつじ咲き古庭急に生き返り
踏青や太極拳のグループと
白イペー散りし地面に嘆くのみ

ヴァルゼングランデ     馬場園かね

境界の争ひ他所にサビア鳴く
山裾に不毛の地とや草青む
庭に古り頼り頼らる木瓜の花
父の忌や一鉢選ぶさくら草

サンパウロ         間部よし乃

絵手紙を開けてなつかし春うらら
おじいさん今朝も自慢のシクラメン
初虹や日暮れ間近かの空に浮き
水鏡次々流れ春の雲

サンパウロ         上田ゆづり

戦ひの終はりなき世や終戦日
川岸に稚魚浮き沈み水温む
たおやかに風にしなひて柳かな
ささやきの満ちて木立の春の街

サンパウロ         山岡 秋雄

湯豆腐をつつきやっぱり日本人
湯豆腐に醤油のにじむ夕餉かな
寒菊や買はずもひと目大店舗
枯菊やもぬけの殻の巣が一つ

サンパウロ         小林 咲子

水温み睦まじく二羽鳥遊ぶ
敗戦忌語り継がれて痛ましき
しみじみと追悼捧ぐ終戦忌
鎮魂の想ひをつなぐ終戦忌

サンパウロ         日野  隆

七夕や短冊の字はほとんどポ語
秋の陽の釣瓶落しの速さかな
流氷の風に流されきしむ音
嫁探し紙に妻の名春の風

サンパウロ         鬼木 順子

遠回りしてさくら花観にゆかむ
口惜しさや葉桜なりし来年は
花曇り続き漸く宵の雨
桜餅葉ごとに食べて懐かしき

【どの俳句も内容のよい句でしたが、少し言葉の使い方を添削させてもらいました。参考になさってください】

ピエダーデ         高浜千鶴子

行く先を告げずたんぽぽ旅立ちぬ
春の泥犬の足跡紛れなし
法話終へ帰る家あり日脚伸ぶ
一雨に装ひ変へて春の山

【季語の重なりがありましたので、気をつけましょう】

リベイロンピーレス     中馬 淳一

花屋より三色すみれ買って来し
春暁のチコチコ窓に来て鳴けり
老い長閑読書三昧日をすごす
春昼や留守の机に三色すみれ

ドラードス         伊藤みち子

百千鳥去りてほっとす可愛いが
窓開けて春の香りにありがとう
猫の恋静かにしてよ騒ぎすぎ
春灯下浮世絵女誰を待つ

【ドラードスからの初めての投句でした。
どの句にも作り事の無い俳句でした。口語体の俳句を詠みながら、そのうち文語体の俳句なども覚えていきましょう】

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