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道のない道=村上尚子=(31)

 小規模とは言っても、何アルケールという土地での仕事、それなりの資金もいるし、運が良ければ金が儲かった。そして、ゆくゆくは、「バタタ王」のような夢をみた。であるから、小さな農家は小さいなりに、精一杯の形で勝負した。結局、彼らも又、大体三回も失敗をすれば、同じように破局が待っていた。
 私たち家族も貯めていた金を元手に、一郎の夢に引きずられて行った。

     再  び  農  業  へ

 イビウーナの町から数キロ入ると、細々とした山坂が入り組んでいる。それらしい農家もポツポツとある。
 寒野さんの耕地とは又違い、人里に近い趣がある。その区域で、二アルケールの土地を借りた。
 トマトを第一作目とした。ところがこの年は、近年にない日照り続きで、みごとに失敗をした。
 まだまだ、一作目なので、一郎は悠然としてみえた。
 この頃、私は一郎との子を身ごもっていた。お腹も目だってきていた。そうこうするうち、父母たちも私たちのいる、この地続きの隣へ越してきた。寒野さんから独立したのだ。どうやら父の恩給が入ってきたらしい。今まで滞っていた分まで受け取ったのだろうか。それならかなりまとまった金額なはずだ。そのせいかどうか、父母の家族は逆に暗くなった(父の権力がまた……)。

 一郎は、次のトマト作りのつなぎとして、キャベツを植える準備を始めた。
 出産が始まった。今度は以前ほどではなかったが、赤ちゃんは四キロ二百グラムもあった。恐らく日々の畑仕事がこたえたのだろう。出産日が大変遅れたためだった。その痛みは、又初産の時と違った。体を引き裂かれる感じで、絶叫に近いうめき声を上げた。
 子供達三人は、母が表で遊んでいるように云いつけた。しかし子等は、家の外から回って、私の寝かされているすぐ近くに集まった。その窓の下に隠れ、私の様子をうかがっていて、呻き声を聞いていた。そのたびに腹違いの子、信と友子はケラケラと笑い、ひろ子は泣いた。このことは、後で母に聞いた。
「不思議なもんねえ……」と、しみじみと言っていた。
 生まれたのは女の子で、里子と私が名付けた。この子は、お腹が空くと、大声で泣いたが、あとは大人しく順調に育っていった。

 それから一ヶ月過ぎのころ、一郎が何のためか、家のすぐ側の竹やぶに入って、ごそごそしていたが、あのいつもゆったりしている一郎が、そこから飛び出して向こうへ走り始めた。
 見ると蜂の群れが、筋になって彼を追っている。私はつられて思わずそちらへ足を進めかけた。とたん! 音にもならない妙な音が、私の回りを包んだ。あっという間もなく、私へ蜂が総攻撃を始めた。蜂はハデな金色をして、指の先ほどもある大型。空は暗くなるほど、家の周りを取り囲んだ。
 私は、こんな大規模な蜂の群れを見るのは始めてだ。すでに逃げ場を失い、とっさに風呂用に据えてある、ドラム缶の水の中に飛び込んだ。首から下は、さすがに守ることは出来たが、その分、頭は地獄である。何度も水に潜っては顔を上げた。

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