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問われる学校の多文化対応=教師の経験不足で不適切な指導=外国人生徒の知的障害を疑う

サンパウロ市役所のシリア難民支援の様子(Foto: Eduardo Ogata/São Paulo Carinhosa, 21/3/2015)

サンパウロ市役所のシリア難民支援の様子(Foto: Eduardo Ogata/São Paulo Carinhosa, 21/3/2015)

 ブラジルに足を踏み入れた外国人が最初に経験するものの一つは、言葉の壁や文化の壁だ。旅行者ならこの壁は一過性のものだが、移民や駐在員として少なくとも数年、あるいは数十年、暮らさなければならない人の場合はそうは行かない。それでもまだ、自分の意思でブラジルに来た人は諦めもつくだろう。だが、親の都合や祖国が戦争に巻き込まれたりして自国を離れる事を余儀なくされ、時には追われるようにして来た人の場合はどうするのか?

 3月19日付エスタード紙は、聖市の公立校に在籍する子供の事を中心に、移民達が直面する問題を取り上げている。
 その一つは、言葉がわからないために授業についていけず、「あの子には何を言ってもわからないからほおっておけ」とか「お前は馬鹿だ」などと言われ、「精神科医に診てもらえ」という手紙までもらうというものだ。
 聖市セントロのグリセリオやボン・レチーロ、セー、東部のモオッカやブラスなどは、様々な国から来た移民が大勢住んでおり、「精神科医に診てもらえ」という手紙を持って、保健所を訪れる子供や親が多いという。
 だが、ブラジルに着いてからわずか数カ月の子供達が、「シン」「タ・ボン」程度の言葉しか使えず、テストでも点が取れない、他の子供達と遊べないといった現象は、本当に精神科医を必要とする事なのか。移民なら誰もが同様の経験をしてきた、あるいは今もしている。経験者には、そんな必要がないことは一目瞭然だ。

サンパウロ市が実施するシリア難民の子供向け支援教室(Foto: Eduardo Ogata/São Paulo Carinhosa, 18/5/2014)

サンパウロ市が実施するシリア難民の子供向け支援教室(Foto: Eduardo Ogata/São Paulo Carinhosa, 18/5/2014)

 ブラジル生活がある程度長くなっても、相手の言う事がわからない、自分の言いたい事が言えないというジレンマに襲われるのは普通だ。
 日本人が日本語で話し合っていても理解しあえない事があるのだから、外国語を通常の速度で浴びせかけられ、自国民並みに理解しろと言われても無理なのは当たり前だろう。教育現場の教師達がそのあたりの事情を理解していないと、教室の子供達が周りから取り残されたり、誤解されたりしてしまいがちだ。
 同記事によれば、セー地区の保健所がこの6カ月間で扱った35人の子供の内、精神科医の対応が必要な子供はゼロだったという。

 知的障害か言葉の問題か

 また、周囲からつまはじきにされ、「精神科医に…」という手紙を受け取った後に、5年生を中退した11歳のシリア人の少女Hが、非政府団体でポルトガル語を学び、再び学校に行き始めたと紹介されている。この例は、発語が遅れ、テストで点が取れない事が、知能障害や学習能力のなさを意味しない良い例だ。
 聖市の公立校では2014年から、教師や職員に対し、移民子弟の指導についての訓練コースが用意された。だが受講した教師6万人の内、終了したのは3万3千人のみ。職員の場合は8万2千人中、209人しか終了していないという。
 だが、それでも効果があった事は、先に挙げたシリア人の少女Hが昨年1月に5年生に復学したことで明らかになった。
 H自身がポ語をある程度学んだ事と、新しい教師が訓練コースを受けていた事が幸いし、友人も出来たし、6年生にも無事に進級。中退前はアラビア語で取っていたノートも、今ではほぼポ語でとっており、課外活動にも参加。ノートの最初のページにはシリアとブラジルの旗が描かれ、ポ語で「私達は一つ」「私はブリガデイロが大好き」という文も書かれているという。
 言葉がわからないために混乱が生じ、「精神科医に…」といった手紙を持たされる子供はHだけではない。
 コンゴから来た7歳のRは州立校に入ったが、机の下に隠れたきり出てこないため、教師から不従順の烙印を押され、クラスの生徒達からも物笑いの種にされた。
 教師が「精神科医に…」という手紙を持たせたために、母親とともに保健所へ行った。そこでRを見つけた職員は、すぐに彼がごく普通の少年である事をみぬき、母親に何か命令するように依頼した。素直に従うRを見て、言葉がわからないだけだと結論付けた。
 11歳のコンゴ人Gの場合も同様で、学校から呼び出された母親は「精神障害がある」「知能指数が低い」と言われてパニックに陥った。
 確かに斜視などの問題はあるが、その治療は既に行っていると考えた母親は、Gは11歳だが、いかなる言葉でも識字教育を受けてこなかったせいで問題が生じていると判断した。Gの場合は、引っ越して別の学校に入った事で道が開けた。きめ細かく指導してくれる教師に恵まれた事もあり、現在は数学がよく出来るとほめられ、空手も習い始めたという。

 今でも続く移民流入

パラナ州クリチーバ市でハイチ難民向けに開設されたポルトガルゴ講座(Foto: Cesar Brustolin/SMCS)

パラナ州クリチーバ市でハイチ難民向けに開設されたポルトガルゴ講座(Foto: Cesar Brustolin/SMCS)

 ブラジルへの移民は、当地の経済発展(現在は足踏み状態だが)や南米南部共同市場(メルコスル)の形成、シリアの内戦その他、様々な理由で増えている。
 聖市の場合、市立校の外国人生徒は、2012年から16年の間に71%、州立校でも20%増えている。
 最も多いのは、1980年代から増えているボリビア人の生徒で、市立校には2307人、州立校には3317人が在籍している。16年は、市立校に4138人、州立校には5429人の外国人子弟がいた。
 それ以外の国と生徒数は、アンゴラ人が市立校510人と州立校424人、ハイチ人は221人と141人、コンゴ人は81人と53人。南米出身者はパラグアイ人が123人と225人、ペルー人が118人と218人、アルゼンチン人が108人と120人、コロンビア人が57人と79人となっている。
 外国人子弟の受け入れがうまく行っている学校は、文化の違いがある事を知り、各々の文化の価値を認めているという共通点があるという。
 具体的な例としては、ヴィラ・マリア区のジョアン・ドミンゲス・サンパイオ校が挙げられる。同校では、全校生徒750人中、18%に当たる135人が外国籍だ。
 同校では、昨年度は全学年が何らかの教科で難民について学ぶなど、全校をあげて移民や難民について学ぶ機会をもち、見識を広げている。
 そのための取り組みの一つは、全ての教室で教材をポ語とスペイン語で読むというものだ。この取り組みは生徒達の間の垣根を取り去り、他国の言葉に慣れる効果を生む。
 二つ目は、聖市南部の先住民居住区を訪れたり、各自の国の音楽や料理、映画や劇などを持ち寄ったり、紹介したりする事で習慣や文化の違いに触れ、理解したりするというものだ。
 同校の取り組みは、移民や難民への偏見だけではなく、偏見一般を取り除く効果もある。また、他校の教師や職員とも体験を分かち合う場を設けており、移民やその子弟が増える中での様々なストレスを軽減する役割も担っている。
 教師達が移民やその子弟を見る目が変われば、自国を離れ、異なった言語や文化の中に飛び込んだために神経過敏になっている子供達も、落ち着きを取り戻し、物事を受け止める姿勢が変わってくるという。
 大人よりもずっと順応能力が高い子供達が、相互理解を深め、より快適な学校生活や社会生活を送る鍵は、学校関係者を含む大人達が移民や難民についての見識を広め、偏見をなくすと共に、柔軟な対応の仕方を学ぶ事だと教えられる一例だ。

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