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どこから来たの=大門千夏=(1)

 第一章 大きい事は良いことだ

 私たちの結婚式が済んで三ヵ月経った。荷物も片付き家の中も落ち着いた。一九六五年のある朝、コーヒーを飲みながら夫は「結婚記念に絵を買おう」と言った。
「賛成」。結婚の思い出には、食器より、花瓶より、小さな絨毯より、絵が最高! 一枚の絵を飾ろう。その日のうちに飾る場所は決まった。応接間に入った真正面の壁に。
 初めてブラジルの絵を飾るのだ。これで我が家に文化と教養の香りがしてくるではないか。品格が生まれる。想像しただけで浮き浮きとして、もう「中流階級」になったような気分である。しかしどこに画廊があるのかも知らないし、もちろん安物しか買えない。
 リベルダーデ区のグローリア街に額縁屋が二軒あった。一つはものすごく大きな店で軒口は一五?二〇mあったように思う。奥行きもそれ以上にあって壁には所狭しと色々な額に縁取られた絵が飾ってあった。もう一軒はずっと小さい店で、ここには絵は少なく鏡の額が専門のようだった。夫と二人で土曜日はよくこの二軒の店に行っては絵を眺めていた。もともと額縁屋であるから絵そのものには力を入れていない。素人の我々でさえ「これ売り物?」と言いたくなるような絵も飾ってあるし、安物ばかり置いてあるのがちょうど我々の財布にぴったりなのだ。
 ある時、風景画がかかっていた。大きな湖の手前に葦が生え、両脇にヒョロリとした背の高い木があり緑の葉を茂らせている。はるか向こう岸に木立がぼんやり見える。湖の中辺に小島があり遺跡のような塔もある。広く大きな空。青と緑をたくさん使ってゆったり広々とした落ち着きのある風景画。絵の質はともかく大きいのだ。絵だけが九〇×一四〇㎝ある。これに幅広い額がついて二五コント。なんだか安い。
 このころ最低給料が六万六〇〇〇クルゼイロだった時で(しかし庶民はこれを六六コントと呼んでいた)今でいえば三五〇レアルくらいだろうか、私たちが借りた二寝室のアパートは、セ教会から五分のところで借料四〇コントであった。それを思うと昔の最低給料は結構価値があったわけだ。
「厭味がない、飽きが来ない絵だ」と夫。
「すごく真面目に描いているし、第一この大きさが良い」と私。
「見ていて疲れない、心落ち着く絵」と二人で褒めあげる。
 この絵の周りを幅二・五㎝の赤いビロードで取り囲んであり、その周りに石膏で幅一一㎝、四隅は大きくて幅一六㎝の金ピカに塗った額が付いている。絢爛豪華!
 こんな大きな絵はめったにない。文化と教養などと言っていたが、この金ぴかの額の付いた絵は何よりも安くて見栄えがよくて「お買い得品」なのだ。二人ですっかり気に入ってしまった。
 店主は満面笑みを浮かべて、さかんに「こんな立派な額が付いて二五コントは安い」を繰り返す。
「そうだね、絵具代だって相当掛かってるよね」と変に原価計算をしたりして、値切ることも知らず、すぐさま即金で買うことにした。
 払い終わると店主はこの値段では配達までできないと威張っていうので、二人で担いで持って帰ることになった。

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