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どこから来たの=大門千夏=(3)

 この通りには左側に広島県人会、全国拓殖連盟の事務所があり、そのずっと向こうには東山銀行もあった。右側には散髪屋、事務用家具店、美容院、八百屋、木工所まであり、どれも家族経営の小さな商いで、事務用家具店と言っても事務机が六?七卓並べてあるだけで、若い男が終日うたた寝をしていた。
 私達が入った借家は古いせいか、家の中の造作が大きくて天井は高く、トイレ兼シャワー室は一八〇㎝×三五〇㎝もあった。
「日本人は一日の疲れを風呂でとらねばならない」と盛んにいう夫。
「西洋風呂にしなくては外国に来た気分がしない」と言う西洋かぶれの私の意見をいれて、長々と寝転んで、ゆったりと入れる風呂を注文することになった。
 近所の大柄な赤ら顔の大工はすぐにやってきて、几帳面そうにきちんと測って、長さ一八〇㎝、深さ五〇㎝、幅五〇㎝の大きさで、厚さは三㎝のセードロの木で作ればよいと教えてくれた。
「これなら最高の風呂おけが出来ますぜ。任しといてください」とまじめな顔をして言い、額の汗を拭きながら帰っていった。
 二週間して、出来上がったので持ってゆくと連絡があった。
 助手と二人前後に担いで、五〇mくらい先の店から、おっとり、おっとりと歩いて持ってきた。良い木の香りがする。いかにも頑丈そうではあるが、想像以上に不格好なものが出来上がってきた。まるで棺桶。
 サテ、風呂場に入れようとしたが、あまりにぴっちりと出来すぎていて、重い桶をあれこれ動かしてみたが「あそび」がなくてどうしても入らない。
「二〇㎝切らしてもらいます」そういって大工は又、助手と二人で担いで持って帰った。
 二週間して「昨日出来上がったが、今、助手が長期休暇を取っているので、もう少し待ってくれ」と連絡があった。
「郷に入っては郷に従え」…しょうがないねーとおとなしく待っていると四?五日して、あわてた様子で件の大工がやってきた。
「イヤー弱った。子供たちが集まってくるもんだから…早く引き取りに来てくれ」と気難しい顔をしていう。
 何のことかさっぱり分からない。夕方、仕事から帰って来た夫と行ってみると、店の真ん中に注文した西洋式風呂がデーンと置いてある。
 その周りを五人の子供が取り囲んでいる。五歳から一〇歳くらいだろうか。手に手に草を、花を持っている。皆まじめな顔をして私達をちらと見たが、意に解すことなく、じっと風呂の中をみている。
 ひょいと風呂の中を見ると、男の子が一人、上を向いて両手を胸のところに組んで、目をつむって寝ているではないか。周りの子供達は手に手に持っている草花を投げ込んで、まじめな顔をして十字を切り、両手を胸の前に組んで頭を下げている。
「まーあ」と私が思わず奇声を上げると、子供達はチラと私を見たとたん飛び上がって、あっという間に逃げて行った。風呂の中にいた子供は目を開くと、ばつが悪そうにして立ち上がると、これまた脱兎のごとく逃げていった。
「この通りだ。ガキどもが毎日来て葬式ごっこだ。早いこと持って帰ってくれんと子供がどんどん増える」と大工は口をへの字に曲げていった。

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