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どこから来たの=大門千夏=(4)

 さっそく夫と大工は重い風呂おけを前後してもって、ヨタヨタしながら歩く。そのあとを六人の男の子たちが、手に手に草や花を持って神妙な顔をしてついて来る。帰れ帰れといっても誰一人帰るものはいない。近所の住人、店主も、お客も、道行く人々も足をとめ、総出でこの行進を眺めている。乾いた風が気持ち良い五月の夕暮れどき、皆の視線、注目を一斉にあびて、棺桶型風呂おけはゆっくり、ゆっくりと我家に向っていった。
 こうして無事我が家に収まった風呂おけに、さっそくなみなみと湯を入れて入ると、まるで王侯貴族になったような気分。考えてみると、日本を出てからはシャワーばかりで風呂に入るのは何カ月振りだろうか。タオルを頭に載せて、ありったけの民謡やら唱歌やらを大声で歌い、風呂場に響く自分の声にほれぼれし、風呂からあがればビールを飲んで「日本人は??やっぱり?風呂だあ?」と二人で合唱をし、大満足の一夜だった。
 しかし毎回お湯が約四〇〇リットル近くいる事がわかった。屋根裏にある水のタンクとほぼ同じ大きさなのだ。どう考えても信じられないけど本当なのだ。シャワーからお湯を入れるのに一時間近くもかかる。風呂に入ると一日の疲れはとれても一カ月の電気代の心配が大きくて、疲れがもっと大きい…ということも解かってきた。
「やっぱりアカンかったなー」と夫はしょんぼりしている。
「さすが、こうしてみると日本風呂はよく考えてあるのね」西洋式はどうも不経済だということが、身をもってわかった新婚の年だった。
 一年後「郊外の高台」に住みたいという夫の意見に従って引っ越しをした。しかしここの二階にあるシャワー室は小さくて、三分の一の長さに切ってしまった。しばらく子供が使ったが、此のセードロの木がたっぷり水を吸うと、鉛のように重くなって、安普請の二階の底が抜けるのではないかと言う恐怖心から、間もなく捨ててしまった。
 その後は何度か引っ越しをし、どの家にもホーローびきの風呂がついていた。しかし、冬は表面積が広いから湯はすぐに冷める。その上、背中からジンジンと冷えが伝わってくる。西洋風呂は夏向きであって、冬は役に立たないことがよくわかった。
 ようやく今、私は市販の日本式風呂を取り付けた。小さくて体がすっぽりと入り、冬は特に温かい。さすが日本式だ。
 私の拝西洋主義もようやく終わったらしい。ここまで来るのに何と四十年もかかった。遠き道のり? 否々、最初にあつらえた風呂は「ほんのちょっと昔」の出来ごとだった。一つ一つ手にとって思い出せるほどの「ちょっと昔」。
 そのうち太陽熱でお湯を沸かせるようになるわ。その時は一日に三回風呂に入らせてあげるから…そう励ましてきたが、あれから四〇年、「ちょっと昔」に居た人は、今もういない。(二〇一〇年)

ルア・ミルトンの家

 ある日、夫は厳粛な顔をして、突然「家を買う」と宣言した。一九六六年、夏も終りかけた三月初めだった。
 そして次の土曜日、戦にでも行くように緊張して一人で出かけて行った。私はどうせ家探しなんて半年はかかるだろうと頭からアテにはしていない。三ヵ月の赤ん坊を抱いて留守番。

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