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ブラジルに広まるSAKE=日本酒に新時代到来!?=ここ10年で輸入量2倍=本格派、それともカクテル

 2000年以降「サケピリーニャ」の人気を追い風に、ブラジルでも広く飲まれるようになった日本酒。1934年に販売を開始しコロニアを中心に愛された国産酒「東麒麟」は、いまや一般社会向けに全伯で販売されている。他方、日本から輸入される日本酒の需要の高まりも見逃せない。輸入品目「発酵酒」の大半を日本酒が占め、この品目の輸入量は06年から10年間で2倍近くに増えた(ブラジル商工サービス省調査)。今回、輸入日本酒を扱う酒屋「アデガ・デ・サケ」と、国産酒「東麒麟」を販売するAZUMA KIRIN社、それぞれの代表を取材。全く違った販売方針から国内アルコール市場へ切り込んでいる。

 ブラジルにおける日本酒の歴史を紐解くと、1934年までさかのぼる。質の悪いピンガで身体を壊す移民が多くいたことから、東山農場のグループ会社、東山農産加工社(現AZUMA KIRIN社)が「日本人には日本の酒を」という気概のもと「東麒麟」の醸造を開始。日本移民を中心に愛飲された。
 しかしブラジル人への浸透は叶わず、東山農場の岩崎透社長によると「創業より長年の間は、日系人主体の販売で日本酒の消費も低迷していた」(『ブラジル特報』、2005年11月号、日本ブラジル中央協会)という 。
 転機となったのは2000年ごろ。ピンガの代わりに酒を使ったカイピリーニャならぬ「サケピリーニャ」が登場し、人気を博した。酒の需要が一気に高まり、供給が追い付かなくなった東山農産加工社は、03年に新工場を竣工し生産量を倍増するに至った。
 その翌年、ブラジルで初めて輸入日本酒を専門に取り扱う酒屋「アデガ・デ・サケ」(飯田龍也アレシャンドレ代表取締役)がサンパウロ市リベルダーデ区に開店。
 日本人を対象にするつもりで営業を開始したが、実際の客は8割近くがブラジル人。13年に富裕層の顧客への利便性が高い、モエマ区に店舗を移転した。昨年10月にはパラナ州クリチーバ市に新店舗をオープンしている。

▼ファン拡大で売れる日本酒

店内には70種類の日本酒が並ぶ

店内には70種類の日本酒が並ぶ

 「アデガ・デ・サケ」代表取締役の飯田さん(42、二世)は15年に中南米で唯一「酒サムライ」の称号を取得した。この称号は、日本酒造青年協議会が日本酒文化の普及に貢献した功労者に与えるもの。飯田さんはブラジルに日本酒の文化、歴史、味わいなどを地道に伝えてきた功績を評価された。
 開店時から運営する「アデガ・デ・サケ」ホームページ(www.adegadesake.com.br/)には、日本酒の歴史、作り方、種類などの説明がポルトガル語で掲載されている。飯田さんは「当時はポルトガル語で日本酒を説明するサイトが無かったので、反響が大きかった。サイトのおかげで日本酒に関心のある人がかなり増えたのでは」と話す。

同店一番人気は福島産の弥右衛門。比較的安価で飲みやすい口当たりが好評だ。

同店一番人気は福島産の弥右衛門。比較的安価で飲みやすい口当たりが好評だ。

 店頭には並ぶのは日本から輸入した日本酒約70種類で、1本100レアルから500レアル以上のものまで。決して安くないが、何本もまとめて買う客も少なくない。顧客の多くがある程度金を自由に使える30代後半から50代の男性だ。
 扱う商品の中でも、「日本風の図柄や文字を施したラベルが人気を集める傾向は開店当時から変わらない」という。とはいえ、そんな異国情緒あふれる見かけだけでなく、「段々と日本酒の味自体を楽しむお客さんが増えてきた」とも。

客の希望に合わせて商品を提案する飯田さん

客の希望に合わせて商品を提案する飯田さん

 取材中に店舗に訪れた客の中には、買いたい日本酒の銘柄を指定したり、自分の好みの味を伝えて商品を選んだりする人も。「10年前にはそもそも日本酒がどういう飲み物かわからない人がほとんどだった。日本酒ファンは確実に増えている」と話す。
 飯田さんは「日本酒を日本料理の時だけ飲む時代は終わった」と言う。旧年11月にサンパウロ市内のホテルで開催した試飲会ではチーズやクラッカーなど、あえて立食パーティー向けの軽食を用意した。「洋食には強めの味、パーティーには炭酸入りを選ぶなど、日本酒の楽しみ方の幅は広い」とし、「今後日本酒は色々なシーンで飲まれるようになるはず」と展望する。

▼「酒カクテル」狙うは若者人気

AZUMA KIRIN社、尾崎社長。オフィスにはバーカウンターが設置されていて、ここで酒カクテルを試作する

AZUMA KIRIN社、尾崎社長。オフィスにはバーカウンターが設置されていて、ここで酒カクテルを試作する

 「ブラジルのお客様に喜んでもらうためにはブラジルにあわせた提案が必要だ」。そう力を込めるのはAZUMA KIRIN社の尾崎英之社長。「東麒麟」を製造・販売する同社は昨年12月にホームページ(azumakirincompany.com.br/sites/)をリニューアルした。前面に押し出すのはオレンジやミントと酒を混ぜた色鮮やかなカクテル。サイトを見た人が自分で作れるようにメニューも公開している。

苺などのフルーツと東麒麟を混ぜ合わせた酒カクテル(AZUMA KIRIN社提供)

苺などのフルーツと東麒麟を混ぜ合わせた酒カクテル(AZUMA KIRIN社提供)

 尾崎社長は「この国にはカイピリーニャという伝統的なカクテルがあり、美味しいフルーツに恵まれている。酒を使ったカクテルはブラジル人に馴染みやすいんです」と話す。
 メインのターゲットは若い女性。ピンガやジンがアルコール度数40度前後なのに比べて、酒は15度ほど。カクテルにするとさらに飲みやすくなる。「酒を知らない人にもおいしいと感じてほしい。女性の間で話題になればおのずと男性も興味を示す」と言う。
 ある種「邪道」ともいえる酒カクテルを広める一方で、その酒造り自体は本格的だ。日本から酒造りのプロを呼び寄せて麹から作るなど、ほとんど日本と同じやり方。酒の高級品、吟醸酒も生産している。
 近年は不況の影響で「東麒麟」より安価な酒が台頭し、市場拡大の課題となっている。ただ、尾崎社長は「価格競争に参加するつもりはない」と断言。「いくら安くても、『なんだこれは』と思われるようなものは作らない。高品質でお客様に求められる酒を販売し、満足してもらいたい」と話す。昨年末から炭酸入りの「スパークリング・サケ」の販売も開始し、若い層の取り込みにさらに力を入れている。

▼酒の未来予想図

 輸入日本酒と国産酒は販売促進の切り口も、ターゲットも全く違う。しかし、「酒をブラジルに広めたい」「美味しい酒を提供したい」という思いは共通している。
 今から10年、20年後には、酒カクテルに親しんだ若者も中年になる。いずれ国産酒の高級品をストレートで飲むようになり、生活に余裕が生まれれば、輸入日本酒を買い求めるようになる可能性が高い。別の道を歩んでいたように見える酒カクテルと本格日本酒が、振り返ると同じ延長線上を歩いていた。そんな未来予想図画が描けるのではないか。
 日本に目にやると、日本酒の国内出荷量はピーク時には170万キロリットルを超えていたが、現在は60万キロを下回る(日本農林水産省調査)。他のアルコール飲料との競合などにより、酒離れが進んでいる。
 一方、ブラジルにおける酒は前述のように堅調に需要を拡大。試飲会に出品した酒蔵はブラジルへの進出を実現し、さらなる市場の開拓を目指している。
 シュラスコを食べる時に、ビールでもワインでもなく酒を選ぶ。サッカーの試合をみながら、ちびちびと酒を飲む。そんなライフスタイルが広がったら、ブラジルのアルコール市場でSAKEが確固たる地位を確立する。そんな光景がレストランや自宅で見られる日がくるのは、そう遠くない未来かもしれない。    (山縣陸人記者)

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