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どこから来たの=大門千夏=(58)

 しばらくすると別の骨董屋が興奮してやって来た。息を切らすようにして、「ジョーナスが売った皿、今ニューヨークで一万六〇〇〇ドルで売ってるって。あの皿、君が売ったんだって? いくら儲けたんだ? エッたったの三〇〇ドル! バカ! 何やっとるかーバッカアーー真面目に勉強せんか!」
 店の奥で終日、本を読んでいる暇な骨董屋はなんていいんだろうと羨ましく思ったが、実はそれが金儲けの秘訣だったのだ!
 私だっていつも本を読んでいた。しかしこれはお客が来ないから暇つぶしに読書していただけで、もっぱら小説を読んでいた。勉強とは程遠かった。
なるほどこれが儲ける骨董屋と、儲けない骨董屋の違いなのだ。あれから五〇年も経ってやっとわかってきた。
          (二〇一二年)

馬小屋の扉

 知人にイタリア人の設計師がいる。大きな顔、丸い、相手を射るような目の光、肉付きの良い鼻、厚い唇、まるで「イッソスの戦い」のモザイク画にあるアレキサンダー大王のような顔をしている。もしかしたら彼はマケドニア人の末裔かもしれない。小柄な男であるが、甲冑を付けたらそれなりの貫禄がありそうだ。
 このアレキサンダー氏は(私は彼のことを勝手にこう呼んでいる)抜け目のない男で、設計師と言っても事務所で設計をするだけではなく、家屋の解体現場に行き、古い建築材料、たとえば古いタイル、扉、窓、ステンドガラス、手すり、階段など骨董価値のある品を見つけると、これを使ってデザイン、設計をする。家、事務所、アパートにセンス良くとりつけると一味違う雰囲気に仕上がって、顧客は満足。大枚を払ってくれる。
 彼は最近、田舎にいる友人の農場に行ったとき、馬小屋の横に捨て置かれた二枚の木の扉を見つけた。誰からも見捨てられ、風雨にさらされ、ペンキははげおち、無残な姿で隅にころがっていたそうだ。友人は「昔は馬小屋の扉だった。でもこんな大きな汚く重い扉は不便でどうしようもないから、今度はアルミの扉をつけた。軽くて使いよくてずっと良いぞ」と言ってたそうだ。そこでアレキサンダー氏はこの扉をもらいうけた。
 「ただじゃあないぞ、ちゃんと払ったんだ」と大きな鼻をふくらませて言った。
 このバカでっかいボロ扉は、高さ二七〇㎝もあり、幅は八〇㎝、木の厚さが四、五㎝、まるで古い教会の扉のようであった。これを二枚、サンパウロまで運んで洗いに出した。
 真っ黒になった鉄の飾りは磨いてみるとブロンズの鋳物であったし、ペンキをとってみると、驚いたことに木目の美しい「ピンニョ・デ・リガ」の木が現れたのだ。
 この木は二〇世紀の初めごろまで、バルト海に面したラトビアの国(ブラジルではレトニアという)から輸入された材木で、首都リガの名前で呼ばれている。油脂を上手にとると絶対に狂いが来ないし、三〇〇年もつと言われている。松の種類ではあるが節は少なく、木目がまっすぐについていて、美しい光沢があり、特にブラジルでは珍重されている。八〜一一世紀のバイキングの船によく使われていたそうで、水にも腐らず虫もつかない。
 余談だが、このバルト海に面した三つの国エストニア、ラトビア、リトアニア、これをバルト三国と呼んでいる。三国ともロシア帝国の支配を受けていたが、ロシア革命のあと独立を果たした。

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