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どこから来たの=大門千夏=(59)

 が、又ソビエト連邦に併合され、一九八九年八月、独立運動の一環として三国の人々が手をつなぎ、六〇〇㎞以上の「人間の鎖」を作った(別名「バルトの道」とも呼ばれている)。エストニア人七〇万人、ラトビア人五〇万人、リトアニア人一〇〇万人が参加したといわれている。一九九一年、ようやく三国揃って独立を果たした。
 アレキサンダー氏は私を招んで、開口一番、
 「馬小屋の扉で俺は大儲けしたぞ。ウワハハハ。買い値の百倍になった。これだけ儲けたのはオレの人生で初めてだ。君はこんな商売したことあるかね? どんなに儲けてもせいぜい十倍だろう。これだけ儲けた骨董屋はおらんはずだ。おれが最高だ! 運の良い男とは俺のことだ。ウワハハハ」
 彼は扉の前をスキップするように片足づつを高く上げて行ったり来たり。笑いが止まらないと言うように顔中しわを作って高笑いし、「こんな立派な扉を捨てて、アルミに取り換える男がいるんだから世の中捨てたもんじゃあない」と喜々とし、夢中でしゃべり、時々止まってはそのごつごつした両手で扉を撫でまわし、反り返って眺め、恍惚と満足の表情を交互に浮かべている。
 なるほど木目の美しさもさることながら、扉の中央にはちょうど私の胸の高さから上に向かって七〇㎝くらい、幅四〇㎝、唐草模様のブロンズの透かし彫りがあり、その中心に、二本足で立ちあがった雄々しい馬がモチーフされ、その下に一八八二年と年号まで入っている。この馬の絵があったから馬小屋の戸にしたのかもしれない。
 それにしても単純な人間がいたものだ。もっとよく探したら作者のサインも入っているのではないだろうか。
 ブロンズの透かし彫りの内側にはもう一枚、木の戸があり、ちょうつが付いている。扉を取り付ける三本の蝶番は、それぞれが三〇㎝もあって、よく見るとここにも彫金がしてあり、この扉が「普通のもの」ではないことがよくわかる。
 「設計屋というのは良い商売だろう? 君の息子は何やっているかね? なに経営? だめだよ。金にならん。設計事務所持った方がずっといいぞ、息子に教えてやれ」この扉は今設計している大邸宅の正面玄関に取り付けるという。
 「これを見たらお客だって満足の極みだ。百倍だぞ。ウワハハハ。家が出来上がったら見に行ったら良い。知らせるからな」
 数ヵ月後、骨董市でばったり彼に出会った。私はさっそく聞いた。
「あの儲けたお金、何に使ったの?」
「いやー」彼は口ごもって力なくいった。
「うまく出来てるよ。お袋が急に入院してしまって、その治療費にアッという間に消えた。…こうして見ると設計屋がどんなにぼろ儲けしたって高がしれてるなァ。…君、息子は医者にしたほうがいいぞ」アレキサンダー氏は、その大きなギョロ目を二度しばたいて言った。
 大邸宅には、道路から帝王ヤシが六~七本ずつ両側にまっすぐ植えられ、地面には白砂利が敷き詰められており、その奥正面に、あの馬小屋の扉がどんとおさまっている。
 場所を得るとはこのことか、扉の真ん中にあるブロンズの馬が朝日に照らされて黄金色に輝き、やっと永い眠りから覚めて、生き生きとしているように見えた。

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