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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(18)

 戦友を誘って墓穴掘りに出掛けた。ツルハシと鉄棒とスコップを担いで丘を登った。丘の上は薄赤色の地肌が一面にひろがっていた。埋葬され、埋め戻した土の盛り上がりが一列に並んで、荒涼とした風景である。
 一番奥に二ヵ所だけ、墓穴の輪郭が浅く筋をひいてあった。カンボーイは二人ついてきた。ここから脱走などとても出来るものではないのだ。ご苦労、と声をかけてやった。二人のカンボーイはキョトンとしていたが、少し笑った。そして外套から黒パンを取り出し、半分に割って私たちにくれた。黒パンを食べてから穴掘りにかかった。
 凍った地面は鉄よりは柔らかいように思えるが、ツルハシも鉄棒も全く受け付けてくれなかった。しかし、屍体安置所の地面に置かれたままの屍体を思うと、一刻でも早く埋葬してやりたかった。この丘に埋葬された戦友たちは、墓標もなく三、四の盛土に枯枝が一本だけ建ててあった。枯枝の墓標である。安置小舎に置かれているより、凍土のなかでも墓標がなくても埋葬された方が良いだろうと思った。
 力をこめてツルハシを打ちおろすと、火花が散った。それでも三㎝位掘った頃、陽は傾き風がひときわ冷たくなった。ツルハシがこの上なく重かった。
 カンボーイが来て、薪を集めて焚火をしその跡を掘ってみろ、と教えてくれた。薪を集めにかかった。遠くまで探しに行った。だが今までに掘った墓穴用に拾われたようである。手の平に乗るほどしか集められなかった。枯草を寄せ集め、カンボーイにマッチを借りて火をつけ、木片を置いて小さな焚火をした。小さな燠をそっと移し、焚火の跡へツルハシを打ち込んだ。焚火が小さすぎて、効果零であった。
 夕暮れが近付いてようやく五㎝ぐらいしか掘れなかった。情けない思いを抱いて、カンボーイに慰められながら宿舎に帰った。今日のカンボーイは珍しく人情味を感じさせた。

  一三、ハプチェランガ錫鉱山へ

 割合元気なもの三〇名が呼び出された。隣村のラーゲリ(強制収容所)へ応援に行くという。通訳に仕事はなんだ、と聞いたがよく分らん、と頭を横に振った。トラックが着いたところは、小高い丘の上で細長い板囲いの家屋の前だった。七、八〇mはあろうかと思われる板壁の長屋である。
 私たちがトラックから降りるのを待ちかねたかのように、多くの出入口から防寒外套を着た人々がゾロゾロと出てきた。そして長屋の前に並んだ。その中には女性も何人か混っていた。通訳が早速情報を仕入れてきた。
「彼らはドイツ人だそうだ。待遇を改善しろと、ストライキの最中だそうだ」
 驚いたのはこちらだった。捕虜が待遇をよくしろと要求をつきつけて、ストライキに入るなど私たちの思想には全然ないことだったから……。ドイツ人らしく堂々としていた。彼らはニヤニヤ笑いながら、貧相な私たち一行を眺めていた。
 作業は長屋の前の線路上に置かれている鉄製トロッコを、遥か向うの端へ五人掛りで押して行くことだった。傍に寄ってみると見上げるほどの高さと大きさである。トロッコに取り付いて肩を当て、一、二の三で押した。ビクともしない。五回目に少し動いた。が、それきりである。あとはどう頑張っても動いてくれない。ほかの組も大同小異らしい。これ以上押す力が尽きてとうとうへたりこんでしまった。

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