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日本祭り=ギネス挑戦、記録樹立ならず=500食にわずか2食届かず=市川委員長「夢破れども大きな誇り」

600人以上を動員したギネス記録

600人以上を動員したギネス記録

 【既報関連】日本国外で日本食が一番集まる催しとして、ギネス世界記録に挑戦した「第21回県連日本祭り」(7月20~22日)――審査からおよそ一カ月、2度の再審査の末に、認定条件であった500食まで僅か2食届かず、惜しくもギネス世界記録に届かなかった。

 もともと審査結果は、開催日の7月21日中に決定されるはずだった。ところが、ギネス審査員の日本食に対する知識欠如や審査基準の曖昧さも相俟って、当日認定されたのは497食。その後、県連からの要請で2度に及び再審査が実施されて1品増えたが、あと2品足りず結局認定されなかった。

 7月30日の県連代表者会議で、ギネス記録の結果を公表した市川利雄実行委員長によれば、日本食の定義の曖昧さに難しさがあったという。

 日本の調理法を用いながらも、ピラルクーやパパイアなど当地特有の材料を使用した食も認定されなかった。

 当日出品された609食のうち、事前審査で振い落され、残ったのは543食。そのうち食材不足等を指摘され敢えて並べなかった33食を除き、最終審査で並べられたのは510食だった。刺身などは氷の上に置かなければならない規定があり、一塊の氷の上に2品が置かれていたため、1品として数えられる事例も発生したという。

 本来は、ギネス挑戦にあたって623食が準備された。ところが直前になって、スペースの都合等を理由に、いくつかの県人会に出品点数を減らすよう要請がきた事実が明らかになった。

 たとえば沖縄県人会の島袋栄喜会長は「もともと20食準備していたが、何の説明もなく前夜になって14食まで減らされた。沖縄食は特有の材料を使用したものが多く、もし出品できていればギネスは認定されていたはずだ」と行き場のない気持ちを吐露した。

 市川実行委員長は「夢は実現できずとも、我々は新たな記録を打ち立てることができた」として、47都道府県人会が全て参加したことに言及。「移民110周年式典、県連日本祭り、ギネス記録の3つに挑戦し、ここまでやれたことは大きな誇りだ」と話した。

 若手を中心にASEBEX(日本元研修生留学生協会)やJCI(ブラジル日本青年会議所)も加わり、600人以上のボランティアが参加したことに触れ、「若者が誇りを持って新しいことをやろうとしている。それを後押しすることが我々の役目であり、ギネス挑戦を通じてそれを達成できたのは大きな収穫だ」と手応えを語った。

 

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 沖縄県人会の島袋栄喜会長の質問に対し、県連側からは「日本祭り前夜までバタバタしていた。大きな落ち度があった」と非を認めたものの、明確な説明は得られなかった。市川実行委員長によれば、他にも直前になって出品数を削減された県人会があったといい、「若者が中心となり、ギネス挑戦の経験もないなか、初めて挑戦したこと」と場をなだめる場面も。だが、沖縄県人会から出品された14食は全て認定されていただけに、沖縄名物「サーターアンダギー」を含む認定の可能性が高かった6食を出品できなかったのは心残り。島袋会長によれば「出品する料理は支部にそれぞれ任せており、食材も全て用意してあった」のだとか。ギネス挑戦を楽しみに心を込めて準備にあたっていた婦人らのことを思うと、やるせない気持ちはいかばかりか。来年の日本祭りで再度ギネスに挑戦するならば、ボランティアで成り立つ日本祭りだけに、反省を次に活かして欲しいところ。

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