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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(17)

 明治政府は多種の工業施設を開発し工業からあがる利益を、急速に増加する国民の食料を輸入することにより、国内の農産物不足の危機を乗り越えようと、やっきになっていたのである。
 その点、沖縄は不利な状態におかれていた。島の経済は砂糖キビの単一農業で、しかも砂糖価格は常に国際市場に左右される。島の生活はいつも不安定なものであった。
 沖縄には中央政府が注目するような豊かな資源などみあたらず、経済発展をとげるための要素は皆無だった。琉球列島のような資源のない貧しい地方に労力、時間、金をつぎこむより、日本列島最北の北海道開発に力をそそぐほうが得策というものだった。
 ところが、自分たちではどうにもならない沖縄を日本政府が救うという事件が起きた。それは最後の王が廃位される少し前に起きたコレラの発生だった。琉球藩の金庫は空っぽだった。コレラにはうつ手もなく島民全滅の危機をむかえて、中央政府からの援助を受けざるをえない事件が起きた。
 皮肉なことにこの事件がはじめて政府の関心を沖縄に向かわせることになった。明治政府は新しい国家の理念をもって沖縄に抜本的改革を施し、彼らを日本の習慣に従わせなくてはならないと考え、まず、原始的ともいえる習慣、たとえば奇妙な言葉を使用する宗教儀式を廃止することにした。
 1884年、先祖をよびよせる巫女、ユタのこれまでの活動を全面的に禁止したのだ。沖縄人の先祖崇拝は宗教慣習の中核である。彼らは儀式を通して守護を求め、現世の人間と先祖をむすぶのがユタの役割だった。ユタにはふつう女性がなるのだが、ユタは島民には欠かせない存在である。島の住民は定期的にユタを訪れ、不運や不幸、災難に見舞われたとき、ユタをたのんで先祖に祈祷し、守護してもらうのが一般的だった。
 この先祖崇拝の慣習は北アジアでは一般的なもので、日本でも、1868年の明治維新で天皇に大政奉還され、日本の国教となった神道にもこの慣習は継承されている。そして、琉球神道は本土の神道とよく似ている。
 いずれも人間の魂は永遠に生き、死後、純真な死者の霊は神となり神が住む世界に住み、不純な死者の魂は地下の世界に住むと信じられているものだ。ゆえに死んだ人間、つまり、神に祈ることで幸福や富を得られると考えられている。死んだ人間の霊と合体した霊媒である「神がかり」を通して、彼らはその教えを受けていた。死、病、変質は不純をもたらし、そのためには儀式をもって浄化しなければいけないというのが基本的な考えである。もし、政府が奨励する神道と琉球神道と違いがあったとしても、その差は僅少であろう。
 沖縄ではユタとよばれる「神がかり」の活動が禁止されたのを考えてみると、それは教理や宗教上の問題というよりも、政治的な理由ではないかとおもわれる。明治政府は神道以外の宗教をとりのぞきたかった。つまり、正式な国教となった神道以外の宗教が普及しないような対策をとったのだ。
 それから、既婚、未婚をとわず女性の手の入れ墨を、文明の後進性と解釈した。ひと口にいえば、野蛮な民を文明化したかったのであろう。
 ときの県知事奈良原繁の統制時代に実施された初等教育の義務化は、沖縄の子どもたちに教育を受ける機会を与えた。明治政府が日本全国に発令した幅広い、そしてきびしい教育制度改革が沖縄にも及んだのだった。

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