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『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(1)

強盗の首領を一発で…

ピストルを構える男性(参考写真)

ピストルを構える男性(参考写真)

「…2年ほど前のことだ。日系のモッソが強盗の首領を一発で斃した。
 その日の夜明け前、ある農家を4人組の強盗が襲った。そこの息子サトシが父親と早朝、母屋の前に在る牛舎へ乳搾りに行った。
 すると、牛の陰から4人の男がヌッと現れた。拳銃で二人を脅しながら母屋に押し入った、ママイの首に銃とファッコンを交互に突きつけ『どちらにするか?』と覆面の奥でニヤリ…。『金を出せ、金を出せ』と急かしながら、家中を荒らし回った。
 彼らの隙を見てサトシの兄が、カラビーナを何処かから持ち出した。それに気づいた強盗の一人が発砲した。弾は外れた。サトシが隠してあった拳銃を取り出し、強盗の首領に向け引き金をひいた。弾は額の真ん中を貫いた。驚いた配下たちは逃げ出した。
 サトシがパン、パン、パンと追撃ちをかけた。夜は明けていなかった。配下たちは盲滅法、走った、転んだ、ぶつかった……大怪我をし、医者の所へ助けを求めた。馬から落ちたと言っていたが、そうでないことは一目瞭然だった。
 賊の首領は即死だった。無論、サトシは正当防衛を認められた」
 この西部劇並の話を、筆者は最初2012年、バストス産組の事務所で聞いた。その後、数年ごとに二、三の住民が、内容を補足してくれた。皆、サトシを誇りにしている様子だった。
 ここで少し説明を付すと、筆者がバストスを訪れたのは、本稿(『百年の水流』開発前線編)の取材のためであった。その折、バストス産組が再建中という噂を耳にし、事務所を訪れた。理事長の高木勲さんと支配人の板垣オズワルドさんが応対してくれた。
 この産組の創立は1933年と古く、戦前・戦中は一地域組合でありながら、事業量はコチアに次ぐ規模を誇った。ところが、終戦直後、破産してしまった。後に再建されたが、近年、休眠状態に入っていた。
 高木さんと板垣さんは、その活動を再開しようとしていた。二人によると、「既存の組合員や出稼ぎから帰ってきた人で、小規模の営農を始めたい人がかなり居る。ここでは野菜の生産量が不足、隣のツッパンまで買いに行く有り様。だから良いモノを作れば必ず売れる。土地や機械はあり、技術指導さえすれば、営農も組合活動も成り立つ。が、難航している」ということであった。

バストス産組(1940年当時の写真。建物は現在も存在)

バストス産組(1940年当時の写真。建物は現在も存在)

 難航の原因は「治安の悪さ」だという。バストスでは、10年ほど前から強盗が日系人宅を襲い続け、その横行ぶりは猖獗をきわめた。この話の時点では、被害は減少していたが、まだ続いていて、町から離れた郊外で営農を始めれば、狙われる確率が高かった。
 筆者は「強盗に関しては、何処へ行っても似たような話を聞く。日系人は何故やられ放しになっているのか、団結して自衛策をとるべきではないか?」と訊いてみた。これに、二人が心外そうに「バストス人は、やられ放しの腰抜けばかりではない」と披露したのが、右のサトシの一件なのである。
(そういう見事な若者も居たのか!)と筆者は感嘆した。さらに、こうも思った。(サトシは英雄になり、住民も彼に勇気づけられて団結、強盗に対する自衛策を講じているのだろう。この一件は、バストスでは伝説となって永く語り継がれるだろう。記事にすれば、他所の日系社会を喜ばせるに違いない。詳しいことを取材しよう)
 筆者は、まず当人に会おうと思った。ところが「事件後、日本へ行った。向こうで働くため」という。止むを得ず、家族から話を聞こうとし、板垣さんに紹介を頼んだ。板垣さんは直ぐ電話をしてくれた。ところが、意外な反応が返ってきた。先方が断ったという。「思い出したくない」という理由だった。
 筆者は以後6年、追加取材の過程で、色々と新しい材料を入手したが、アレコレ思い迷った末、この稿では、本人の姓名は伏せることにした。事件から8年も経っており、そこまでする必要は常識的にはないし、記事の迫力は落ちるが、後々、悶着が起こるのが煩わしかったのである。従って「サトシ」は仮名である。(つづく)

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