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国際市場舞台に活躍する日系農業者=(1)=先進的なペトロリーナの果物生産=聖市在住 駒形秀雄

ペトロリーナの市街地の様子(Juniorpetjua (compilation), via Wikimedia Commons)

ペトロリーナの市街地の様子(Juniorpetjua (compilation), via Wikimedia Commons)

 異常な暑さの続く1月下旬、ノルデステ地方のペトロリーナとパラグアイの農業地帯を訪問しました。それは、「海外の農業活動を見聞きして視野を広め、自分達の営農に役立てよう」という新潟県企画の農業研修生に同行してのものでした。
 訪問した先々で見たものは、国際市場の影響をジカに受けるブラジル農業の中で、果敢に挑戦し立派な成果を挙げている日系農業者の姿でした。その人たちの活動振りは本当に力強く、「日系集団地から離れた土地で元気に頑張っていますね」と感動的ですらありました。
 日本では今年から実施されるEPA(経済連携協定)で、世界との競争の波にさらされると心配している生産者が沢山居ます。が、ブラジルの農業者の皆さんは元々自由競争体制の中で生きて来て、『安くて良いもの』を作らねば戦線脱落しかない、と身にしみて知っています。世界が競争相手ですが、逆に広い世界の市場があり、輸出に進路を求めうることも知っています。
 こんな環境の中での日系農業者の活動振りは、これから競争世界に直面する日本の生産者ばかりでなく、同じ土地で政府の支援も無くガンバッテいる日系諸兄姉の方がたにも励みになるかと思い、以下、私どもで見聞したところをご披露致します。

▼発展続くペトロリーナと日系人

ペトロリーナのぶどう農家(2008年10月撮影)

ペトロリーナのぶどう農家(2008年10月撮影)

 ペトロリーナ市はペルナンブコ州都レシフェから内陸(西)へ712KM離れた乾燥潅木地帯にあります。熱帯性気候で年間雨量が500―700mm前後なので従来農業には適さず、原野に放し飼いのヤギが居る程度の僻村でした。
 それがサンフランシスコ河に大きな発電所用ダムが建設され、これを利用した潅漑事業が実施されると地域の様相が一変しました。縦横に張り巡らされた水路により十分な水が供給され、高い気温と相まって、1990年頃からマンガ、バナナ、ぶどう等の一大生産地に変貌したのです。
 現在ペトロリーナ市街には大きなビルが建ち並び新しい道路の延びた市外では熱帯果樹の農場がずーっと続いています。ぶどう、マンガの生産ではペルナンブコ州の全生産の7割近くを占め、地域の経済発展に大いに尽くしています。
 この地には百家族以上の日系人が生活して居ますが、その中の一人、新潟県系人高倉ラウロ・さよさんに話を聞いてみました。

サンフランシスコ川(2008年10月撮影)

サンフランシスコ川(2008年10月撮影)

「現在45ヘクタール(ha)でぶどう、40haでマンガを栽培している。その土地で何を作るかは商品の市場―将来の需要、供給、価格などを見極めて変えていく。またそれぞれの産品の品種についても常に市場に注意を払い、消費者に好まれる様なものを選んでいく。例えば、ぶどうについては、今は殆どうす緑色の種無し品種(コットンケーキなど)だ。ヨーロッパ向けは『甘み』と『酸味』の微妙なバランスの味のものが好まれるし、ブラジル市場ではとにかく『甘い』ものが選ばれる」
「マンガにしても在来種のスジのあるものは価格も低くうまみが無い。今は色形もよく食べやすい種が好まれる」
「輸出向けの品種については今は専門の業者が居て、市場の動向を教え、消費者が好みそうな新品種を紹介してくれる。但し、タダではない。その品種を採用した場合は売り上げの5%をローヤリテーとして提供者に払わねばならない」
「産品はヨーロッパ、北米などに輸出しているが、12月―2月ころに輸出量が伸びる。ヨーロッパは冬で果物は出来ないが、丁度その時期をブラジル産品が埋める形になって良い価格で売れることになる」
 高倉さん達日系人は団結して2005年、5家族で協同して『COANA』=コアナという組合を創設した。この組合で包装ーパッキング、冷蔵などの設備をいれ、輸送、販売、輸出をまとめて同一ブランドで行って居る。
 業績は好調で、コアナの2017年度輸出は5400トン、国内向けは3千トン程度あった。ぺトロリーナにはコアナの他にも多数の日系生産、販売業者が活躍している。その内最大手と言われるK.S社では1800人もの従業員を雇用し、ぶどう、マンガ合わして1万8千トンを生産していると。
 このようにペトロリーナの日系農業者たちはただ従来通りの農業を続けているのでなく、常にその産品や品種の選定に留意し、価格、市場の動向などへの注意を怠らず活動している。経営形態としては、産品のコスト削減、最大の利益を手にするため、生産、加工、販売、販路拡大ー輸出に進出して、日本で言われている「6次産業化」を既に実行している形です。
「ブラジルだから遅れているだろう」という見方はどうも当てはまらないですね。
 なお、高倉さんは毎朝食事前に1時間ほどテニスで汗を流し、それからカフェー。また、年に1回は海外市場視察団に参加して北米を訪問しているそうです。

アグロ社

アグロ社

 ペトロリーナにはもう一つ紹介したい特色のある日系企業があります。それはニチレイが株主のNIAGRO=ニアグロ農事会社です。
 ニチレイはペルナンブコ海岸で鯨捕りをしていたのですが、1980年代末捕鯨が禁止になると全く分野の違うアセローラ(果実)の栽培、加工、輸出の分野に進出したのです。1992年、そのためにニアグロ社を設立し、それまで企業の営業対象としては知られてなかったアセローラに着目し、又、州都から700KMも内陸のペトロリーナに位置を定め、その生産輸出に踏み出したのです。このニアグロ創業者の慧眼、決断力は本当にすばらしいと感心させられますね。
 では『アセローラってどんな果物?』というお方に説明致します。アセローラは当地で言うピタンガ、日本で言うグミに似た小さな赤い実で、人の背丈ほどの樹になります。この地では年に5-6回は収穫出来ます。
 この果実が優れもので、各種ビタミン類が豊富。ビタミンCなどはレモンの10倍以上もあり、他に鉄分、カルシュームなどのミネラル分も十分にあります。更にそれらは、抗酸作用、老化防止作用などもあると判明した、優れた健康食品なのです。
 それまでアセローラはアマゾンなどで自家用に利用されていた程度だったのですが、同地域でエビなどを捕っていたにニチレイの人がこれを発掘紹介し、今日の事業化に繫がったのだそうです。

アセロラの果実(From Wikimedia Commons)

アセロラの果実(From Wikimedia Commons)

 ニアグロ社はその製品の生産方式にも特色があります。会社がアセローラの優秀な苗を育て、これを地元の農家に提供して栽培させます。樹の生育中も会社が育成法の指導をし良い製品が取れるよう応援します。そして果実が収穫期を迎えたら全量会社でこれを買い取ります。
 そのため、栽培者側には買い叩かれるなどの不安はありません。それ迄はこれと言った生業もなく貧困と隣り合わせだった地域の人たちにとっては「手取り、足取り」のニアグロ栽培方式と言うわけです。そして数年前までは百家族程度だったこのような契約農家が現在では300家族ほどになり、栽培面積は500ha以上になります。
 ニアグロ社では買い入れたアセローラを洗浄、選別し、これを厳重に品質管理された低温の工場でピューレとか濃縮液に加工し食用缶に詰めて製品とします。製品は大手食品会社、化粧品会社などの工業用で一般向けの小売はありません。市場は一部国内用の他は殆ど米国、ヨーロッパなどに輸出されています。
 説明してくれた人の話では生食を除く工業用濃縮アセローラ液では、世界全体の生産が5万ドン、ニチレイグループの生産が3万トン、その6割ほどの1万7千トンをニアグロが生産しているとのことでした。なお、日本向けには同じニチレイのヴェトナム工場が生産輸出しているので、ブラジルからの輸出は無い、とのことです。
 ニアグロ社の経営の偉いところはそれだけではありません。一流先進国の品質管理、基準を厳格に守り、各種食品規格の認証を得ております。契約農家の衛生、保健面にも気を配り、各家族の健康、治療も実施しております。これがまた会社と栽培者との協同事業の意識を高め皆が満足してよい製品を作る結果を生み出していることに繫がっています。
 その他、ニアグロでは地域で働く時期を終え、原野に放置されている老朽ロバを収容し、『老後の面倒』も見ているとのことです。なんだか人間様のことを考えさせられる例のようです。
『わが社 ファースト』と自社の金儲けだけを第一に考える企業の多い中で、これは又地域に根付いた活動をしている立派な近代経営体ですね。
 説明してくれたニアグロ社の方に私はこう言いました。
「それまで無かった事業を始め、ペトロリーナのような地を見出し、このような地域福祉にまで手を伸べているニアグロ社は偉い、顕彰に値する!」
「今、井戸の水を飲んでいる人は、その井戸を掘った人の労苦を考えないとなりません。社の入り口に創業者OOさんの銅像を設けましょう!」と。(以上、ここで1部終わり、後、2部が続きます。数日後になります)

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