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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(101)

 死亡証明書はシルテス・デ・ロゼンゾ医師により署名され、死亡原因は「頭蓋骨の銃器の弾による傷害、殺害」とあった。死亡申請者はパステス屋のオバーの婿仲宗根源佐で、何年か前の平良マリアとの結婚のおり、正輝夫婦が仲人をした人だった。また、死亡証明書には死亡者は日本で結婚し、やもめとなった、嘉数盛二と彼女のあいだに生まれた嘉数キョーコ4歳、セーキ3歳を残した」と書かれていた。ルセリアで妻を置き去りにしたさい、父親が連れ去った長男セイエイについては仲宗根源佐は何も知らなかったし、ウサグァーは財産をなにも残さなかった。
 大きなショックのなか、正輝夫婦は警察の死体引取り許可を得、死亡証明書を手にして、はじめてウサグァーを埋葬することができた。もともと沖縄の人間は家族内に死人がでたときは慎重にとりあつかう。身内に死にそうな人がでた場合、家長は埋葬する場所を前もって用意しておくのだが、保久原夫婦はまだ若い。正輝はウサグァーが死ぬ3日前に36歳、房子は五日前に33歳になったばかりだった。このような突発事故になると、前もって準備しておくなど不可能な話しで、アララクァーラ墓地に埋葬する場所を探しに二人は走りまわった。
 22年前に正輝がブラジル地を踏んでから、このような悲しい事態に直面したのははじめてだった。あのような状況で姪を家に迎えたのは間違っていたのではないかと自問した。だが、すぐに思い返した。そうしなかったら、夫に捨てられた彼女と子どもたちの行くところなどなかったはずだ。旧友であり義兄である安里樽の頼みを受け入れていなかったら、どんなに後悔しただろうか。これは運命なのだ。柩がしずかに下ろされ、墓地の人夫たちが土を投げ入れるあいだ、正輝は自分を納得させつづけた。束の間の人生のもろさ、はかなさを目前に、自分はいかにちっぽけで、たよりなく、値打ちのない人間なのか。そして、泣きはじめた。むせぶように泣いた。あの幼かった1918年4月の遠い昔、家族に別れをつげるときでさえ、涙ひとつこぼさなかった正輝がはじめて泣いた。
 しかし、房子は姪であり、幼友達だったウサグァーが殺害されたのを見て以来、眠ることができなかった。嘆き悲しみ、もうひとりの被害者玉城午吉、そして殺人者戸田つくしを呪うだけで、夫を慰めることもできなかった。だだ、惨事の責任はどちらにあるのかは分らなかった。そして、今、ウサグァーの柩が地で被されようとしている。房子は墓地に響くような大声で泣いた。
 けれど、もっと辛かったのは家に帰ったときだった。友人の田場とその家族が惨事のあった場所とウサグァーの血が飛び散った居間の血痕を拭いとってくれていた。そこには父に見捨てられ、そして、今度は母まで失った二人の子どもが不安そうに立っていた。ネナとセーキは何も聞かず、泣きもしなかった。けれども、自分たちが生きていくためにいちばん大切なものを無くしてしまったことは感じ取っていた。この子たちをどうしたらいいのか?
 そのことが、わずかのあいだ正輝の良心を苦しめていたが、そう長くはなかった。日本人家族は、それは沖縄の人にもいえることだが、封建時代から受け継いだ互いに忠義と義務を重んじるところがある。だから、どんな場合でも、ある者が親族の援助を受けたとき、借りをつくったということにはならない。親類縁者というだけで義理とよばれる忠義と義務の関係がなり立つ。この関係は結婚あいての親類にも及ぶ。義理を果たすこと、それは名を汚さず、信頼を高めることにもなるのだ。

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