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島から大陸をめざして=在米 村松義夫(JAC日米農業コンサルタント)=第9号

静岡県のカリフォルニア州農業視察(本人提供)

静岡県のカリフォルニア州農業視察(本人提供)

 静岡県内からも多くの視察団を受け入れた。伊豆の苺生産者組織は、サリーナスやワトソンビル産地の苺生産地から出荷までの視察や大学試験場の品種改良等の視察。静岡のメロン組合は、現地路地メロン生産状況視察。静岡清水地区のJA役員による現地農業団体訪問と柑橘視察では、バイセリアで米国農務大臣とバッタリ面会することができ、日本の農業の立場を大臣に説得した。
 サンキスト組合の生産・選果、出荷状況や市場の視察等多くの農業関係者が訪れてくれた。
 25年間で最も印象に残った視察は、JA全中の農協婦人都道府県連組織の会長15名の案内で、カリフォルニア州の北から南までの農業視察、農家滞在そして州農協組織訪問等を行った。
 団長は山形県の会長で、全国連の会長も兼任されていた竹田カツ女史であった。それまでの現地農業視察の殆どは男性が主体であったが、初めて女性、しかも都道府県の農業団体の婦人会長さん達であった。これほど熱心で真面目な視察は先にも後にも見られなかった。日本の農業は農村婦人で支えられている事がよく理解できた視察団であった。
 このグループは帰国後、毎年同窓会を東京で開催し続け、私も毎回東京に飛んで出席した。そして翌年から毎年海外に旅行したいとの事で企画案内の依頼を受け、その出発前に東京に飛び合流して旅行を開始した。
 ブラジルのベレンへの旅行は農大同期生の経営する農場を訪問し、周辺の病気で放置された胡椒園や伐採地に名前を付けて植林したり、アフリカのナイロビへの旅行は山崎豊子著『沈まぬ太陽』を読んで、JAL幹部によってこの地に左遷された第一組合委員長からお話を聞こうと出かけ、サファリを体験することであった。
 ニュージーランドへの旅行はハミルトン周辺で農家滞在をしたり、温泉に入ったりし、クライストチャーチでは町の公園や各家々の庭作りの素晴らしさに触れた旅ができた。
 2001年9月11日に「同時多発テロ事件」が発生し、ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が追突、破壊された。この時、全米各地に8団体が農業視察、2団体が流通関係視察に訪れていた。
 またACO―OPの流通視察グループは、成田空港を出発しシアトル空港を目指していたが、米国大統領令で米国全域航空制限が敷かれ着陸できず、急きょカナダのバンクーバー空港に降り、バスでシアトルに誘導したりした。
 幹部社員は事務所に泊り詰めで対応に追われ、現地や日本との連絡で大忙しであった。
 米国滞在の視察団には現地に留まり3日後の制空権解除で帰国させることが出来安堵した。JA全中は全国に指令を出し、北米への視察旅行の当分の間中止を宣告した。JTBを始め地方の旅行社もそれに習った。
 この事件で弊社は予定されていた多くの視察団体のキャンセルで事業はストップする事になり、東京支店に滞在し、顧客への対応や旅行費用の回収に費やした。(最終号に続く)

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