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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(122)

 ネナは自分の立場を受け入れていた。まだ6歳だったばかりでなく、たとえ反発しようと、どうすればいいのか分らず、ただ、自分の与えられた立場に従うしかなかったのだ。すでに学校に通ってはいたが、体が小さく、農作業はできなかった。家事をしたり、家族全員に食事を作ったり、5歳のセーキ、2歳のミーチ、何ヵ月かのツーコの面倒をみた。子どもの面倒は彼女を楽しませた。
 セーキはもう大きくなっていたから、それほど気を使わなかったが、ミーチは落ち着きがなく、手がかかった。
 丸々肥えて、ひょうきんで、おしゃべりで、いつもネナのあとについてきた。あるとき、ネナが昼ごはんのための野菜を切っていたとき、彼女のほうに勢いよく駆けてきたので、思わず振り返り、右手に持っていた包丁で、ミーチの目のあたりを切ってしまった。出血がひどく、ミーチは目をあけることができず、痛みに号泣した。
「ミーチの目を突いてしまった」とネナはびっくりした。
 重い彼を腕にかかえ、いちばん近い田場家にいちもくさんで走った。
 ミーチと同じころ生まれたテツの母ウマニーは左目から流れる血に驚いたが、注意深く応急の手当てをした。左目の横から流れる血を拭い、切り傷の長さを調べた。切り傷は長く深かったが、幸い、目にはとどいていなかった。まぶたの上と下の開き目までいっておらず数ミリの差があり、それで、その場でどうにか処置できると判断した。
 たいていの農家には応急手当のために救急箱が備えてある。よく鍬で足を切ることがあるからだ。ウマニーもすぐ救急箱をもってきた。応急手当に必要なものはそのなかにある。切り口を消毒するオキシフル、殺菌用のヨードチンキ、化膿を止め、傷の快復を早めるポマード、あるいは粉末のスルファ剤、包帯、ばんそうこう。これらを使って治療はすんだ。
 ウマニーは「あとは快復を待つだけ」
といって事故に驚き、自責の念にかられるネナを安心させようとした。だが、ネナは
「わたしを楽しませてくれる、大すきなこの子に何てことをしたのだろう」
と悔やむのだった。それは偶然おきた事故で、そのようなことが不意に起きるということにネナは納得できなかった。だが、ネナに責任はない。正輝と房子もそのように思い、ネナを普段どおりに扱った。
 それから少しして、また事故が起きた。ネナの家事を手伝おうとして、ミーチがネナの足に重い鉄鍋を落としてしまった。不幸なことに、鍋は斜めに落ち、鍋底と淵の角がネナの右足親指の爪がはえるところに落ちたのだ。彼女は痛さに叫び声をあげ、ミーチをにらみつけた。
「仕返しのつもり?」とっさにそう思った。
 強い痛みを感じ、親指がズキン、ズキンとしているあいだ、鍋は幼い子どもの手から滑り落ちたと思いなおした。たとえ落そうと企んだとしても、彼にはそれだけの力はない。
 あまりの痛さにネナは床に座り込んでしまった。数分間そのまま待ったが、指の熱も、ズキンズキンと襲う痛みもやむことはなかった。立ち上がって、足で体を支えようとすると、ひどい激痛が襲った。床に右足のかかとをあてると、ようやく歩くことができた。弟をかかえ、台所からおもちゃのある居間に連れて行き、そこにおいた。台所にもどり、仕事をつづけた。彼女は血がでていないのだから、たいしたことはない。そのうちに痛みは治まるだろうと考えた。けれども兄や両親が野良仕事をおえて帰ってきたときには指は赤紫に腫れあがり、膿んでさえいた。房子は腫れ止めポマードをぬり、包帯を巻いた。解熱剤を与え、もし、それが利かないなら別の方法をとるつもりで、夜が明けるのを待つことにした。だが、そんな悠長なことはいっていられなくなった。傷は悪化し、指はますます腫れて熱をもっており、爪がはがれそうになっていた。痛みにはがまん強いネナだが、低い声で泣きつづけ、とても眠れる状態ではなかった。

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