ホーム | 日系社会ニュース | 福島県人会=曽我部さん、事務局長退職=「今後もラーメン普及したい」

福島県人会=曽我部さん、事務局長退職=「今後もラーメン普及したい」

来社した曽我部威さん

 ブラジル福島県人会(今井マリナ会長)の事務局長を17年間務めていた曽我部威さん(85、山形県)が今月上旬に退職し、「コロニアの皆さんにご挨拶したい」と本紙に来社した。
 曽我部さんは、2002年から福島県人会の事務局長を務め、同県人会と母県のために働いた。「2013年には、会長の代わりに『第1回在外県人会サミット』に参加した。その時に喜多方ラーメンや弥右衛門をブラジルへ持ってきた」と振り返る。
 東日本大震災があった11年には、県助成金がなくなったことから『喜多方ラーメン祭り』を開始。曽我部さんは「今では恒例行事となり、ニッポン・ベビーダス社の川添博社長のお陰もあってラーメンも有名に。コロニアでは『ラーメンじじい』として知られるようになった」と笑う。
 ブラジル福島県人会が創立百周年を迎えた17年には、福島県を訪れ県知事などに招待状を渡した。当時のジェラルド・アルキミンサンパウロ州知事にも会い、「とても名誉なことだった」と頷く。
 今回退職になった理由は「役員との見解の相違」と説明し、「今後は山形県人会の理事として頑張る予定」だという。喜多方ラーメンの販売に関しても、「今後も普及できれば」との思いを語った。


□関連コラム□大耳小耳

 ブラジル福島県人会の事務局長を務めていた曽我部威さんは、19歳の頃に農業移民として移住した。農業を4年間頑張った後は、日系の貿易会社に就職。「こう見えて営業マンだったんだ」と笑う。その後もイタリア移民が創立したマタラーゾ・グループで働き、一時は独立もしたとか。1990年から日本の旅行会社で働き、2000年に帰伯した。「ずっと営業していたから、福島県人会でもやっぱりラーメンの販売を頑張ったね」と言う曽我部さん。今後も喜多方ラーメンの販売に精を出しつつも、新しく山形の商品普及にも努めるのでは。

image_print

こちらの記事もどうぞ