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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(214)

 何日か後、ミーチは別の場所を歩いていたとき、助けてくれた薬剤師にばったり会った。前回の場所とはまったく違ったところだ。薬剤師は仕事でそこにきていたか、だれかと待ち合わせをしちたのか分からないが、こんな遠いところで何をしているのか、と不審に思い訊ねた。
 ミーチは「町を知るために歩き回っているのです」と答えた。
 その日はミーチをどうしても家の前まで連れて行くといい、自転車の後ろに乗せて送ってくれた。
「はだしで、一人で遠くまで行ってはだめだよ」
と諭したが、ミーチの耳の左から右に抜けていってしまった。
 新学期になると、上の二人の兄はアメリコ・ブラジリエンス州立高校の夜学に通いはじめた。洗濯店で働き、夕方、家からもってきたおやつを食べ、まっすぐ学校に行った。夜、勉強することに責任感を感じたが、同時に解放感もあった。将来への責任は自分たちにかかっており、それが大人になったという気分にさせるのだ。
 サントアンドレの小学校に入った3人の授業は午後からで、ピーレス区から中心街の学校まで歩いて通った。ミーチがいつもいっしょだった。毎日のように、ヨシコが「すてきなアナさんとがま蛙」とよんだ二人が住むナタール街を通った。ミーチは背が低く、そのころの習慣だった半ズボンをはいていたが、喧嘩は強そうで、その二人の女の子にいつでもかかってこいという態度をとっていた。
 ところが、ある日どういう訳かミーチが学校へ行かなかったことがあった。ヨシコはツーコと二人だけだったので、あの意地悪っ子に出会わないよう願ったのに、二人ともちゃんといつものところにいた。ようじんのため、いや、それより怖さのため、ヨシコはだまって通り過ぎようとした。ところが、自分たちのほうが有利だとみて、
「いつもの悪たれはどうしたの? ゴリラがいっしょでないから怖いんでしょ!」
 ツーコとヨシコは一目散に逃げた。今まで走ったこともない速さで走りつづけた。
 帰りは洗濯店によって、仕事をおえた両親と勉学をやめたセーキといっしょに帰宅した。その日は二人とも無事にすんだが、これから先、ミーチの助けが期待できないときはどうすればいいのか? ヨシコは自分一人で対抗できない者に悪さをしてはいけないんだ、と後悔したが、もう後の祭りである。これから先、どうやって学校に行こうか? 少し遠回りになるが道を変えればあぶなくない。兄弟たちの許可を得てそう決めた。でも、ヨシコには、もう一度、あの子たちに会って「すてきなアナさんとがま蛙」と叫びたい気持ちがつよくあったのも本当だった。

 毎日、仕事のあとの帰宅は、正輝と房子にとって今日も一日むだに過ごしたという試練になった。もうすぐ18歳になるマサユキは父母といっしょに家に帰らなかった。アキミツと夜学の高校に行っていたのだ。長男は父親がサントアンドレに来たころの気力を失っていると感じていた。洗濯業の利益は家族が生活していくのに十分ではなかった。いつもふんどしを締めてやってきた生活がますます苦しくなる一方なのだ。新しい客を呼ぶための努力は惜しまなかった。新しい広告ビラを作り、サンジョゼ洗濯店の仕事のていねいさを宣伝した。

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