ホーム | 文芸 | 連載小説 | 中島宏著『クリスト・レイ』 | 中島宏著『クリスト・レイ』第23話

中島宏著『クリスト・レイ』第23話

「だからね、言ってみればここに移民としてやって来た人たちは、みんな同じ宗教を持っているし、みんな親戚というか、家族みたいなものなの。たまたま、その家族全部が、キリスト教のカトリック信者だったということね。そういうことで、ここに住んでいる人たちは、日本にいるときからのキリスト教信者で、そのことは、このブラジルに来てもまったく変わらないわ。まあ、それも当然といえば当然な話だけど。ただ、日本では、全体から見れば例外的といっていいほど、少数の人たちだけがキリスト教を信じているということは事実ね」 「今のアヤの説明で少しづつ分かってきた感じですね。なぜ、ここにいる人たちはみんなキリスト教の信者かっていうことが。日本にも、キリスト教というものがちゃんとあったんだということは、僕にとっては大きな驚きですが、それは事実なのですね。でも、日本のキリスト教というのは、どういうふうに始まっていったのですか。その歴史はもう長いのですか」 「マルコスは、聖フランシスコ・シャビエル(ザビエル)のことを知っているでしょう」 「ええ、あのイエズス会の一員で、ロヨラと共に、イエズス会の発展に大きく貢献した人ですね」 「そう、あのフランシスコ・ザビエルが、日本に初めてキリスト教を伝えたの」 「へえー、そうなんですか。それはまったく知りませんでした。だとすると、それはもう四百年近くも昔ということになりますね。フランシスコ・ザビエルと日本が結び付いているということは、それもまた不思議な縁というか物語ですね。初めて聞きました」 「ブラジルでは、そのことについては一般にはあまり知られていないけど、日本では、フランシスコ・ザビエルの名前はよく知られているわ。とにかく、それまでにはなかった、キリスト教という西洋の宗教が初めて日本に入ってきたのですから、それは大事件だったと言えるでしょうね。そして、その流れが今の私たちにまで繋がっているの。つまり、今の日本にあるキリスト教の原点は、あのイエズス会のフランシスコ・ザビエルにあるのですから」 「これはまた、奇遇としか言いようがないですね。イエズス会というのは、ブラジルだけでなく、ウルグアイ、アルゼンチン、パラグアイにも大きな足跡を残しています。特に南米では、イエズス会はインディオへのキリスト教布教と伝道に力を入れましたからね」 「あら、マルコスは意外と宗教のことに詳しいのね。どこで勉強したの」 「いえ、特に勉強したということでもありませんが、高校にいたときちょっと興味を持って、少しばかりそういう本を読んだことがあるのです。あの時の歴史の先生の影響が大きかったと思います。イエズス会はあの時代、世界中に沢山の人材を送り込んでいましたから、日本への布教と、ブラジルへの原住民への布教が同じような時期に行われていたということですね。でも、日本のことは今度、初めて知りました」 「逆に私は、イエズス会がこのブラジルでもかなりの影響力を持っているということは知らなかったわ。そんなふうに、世界というのは意外なところで繋がっているという感じね。私たちがブラジルに移民してきたというところにも、何か不思議な縁を感じるわ」

image_print