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中島宏著『クリスト・レイ』

中島宏著『クリスト・レイ』第152話

 マルコスのように、このブラジルしか知らない人にとっては、なかなか想像しにくいことかもしれないけど、国を移す、移民するということは、大きな世界が開けると同時に、後にして来た国から脱却する痛みというものが伴うの。それは表面的にはなかなか見えない分、重いものがあるけど、しかしそれは、移民にとって避けて通れない道でもあるわね。  後に ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第151話

 それはたとえば、日本から来た農業移民の人たちが、この植民地のようにまず自分たちだけで固まって、同じ所を開拓して農場を造っていくということにも似ているのじゃないかしら。彼らにとっては、その方が安心だし、同じ国から来ている気心の知れた人たちと一緒に仕事をすれば、間違いないという考えがあるから、結局、こういう形のものが出来上がってい ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第150話

 それは、以前にマルコスも指摘したように、このブラジルでのカトリック教会にあるキリスト像とは、変わるはずはないのだけど、現実にはしかし、そこには厳然とした違いがあるわけね。 こんなことを言ったらおかしいかもしれないけど、私たち隠れキリシタンが持つキリスト像は、他の教会のものとは違うということね。同じキリスト像がなぜ違うのだと聞か ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第149話

 逆境の嵐の中で、自分の進路を変えることなく生き続けるということは、並大抵の精神力ではできないことでしょう。もちろん、強風に応じてそれなりの対応を心がけながら凌がねばならず、常に一定方向に進んでいけばいいというものでもないでしょうし。その辺りの柔軟性というか、駆け引きの呼吸も分かっていないと、ちょっとした隙から一度に強風に煽られ ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第148話

 じゃあ、自分たちは、この国の土になるのかということだけど、まさにその通りということね。私たちは最初からそういう考えで移民して来ているし、それが本来の移民だというふうに信じてもいるわけね。 そういう発想は、日本を中心にした考え方から見れば、ちょっと理解しがたい雰囲気があるかもしれないけど、しかし、目をもっと広いところに移せば、そ ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第147話

 私はそう言って笑って答えたんだけど、本当はその場で思い切り泣きたい気持ちだったの。でも、良かった。こういう父と母に育ててもらって本当に良かったし、私はとっても幸せだったと思ってる。  私がブラジルへの移民を思い立ったのは、さっきの説明通りだけど、じゃあ、今村町の人たちはどうだったかというと、私の叔父も含めて、その事情はもっと切 ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第146話

 アゴスチーニョ神父もおっしゃっていたように、師範学校で学んだことは私にとって、すごく重要だったし、世の中の諸々のことを見据えるという点で、大きな意味を持つものでもあったわ。あの学校で習ったことは、もちろん、知識を吸収するという目的もあったけど、同時にまた、いかに勉強するかという、その方法を学んだといえるわね。全般的なことをただ ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第145話

 そんなことがあってから、私は気分的にも本当に落ち着いて穏やかな気持ちになり、私のイエス キリスト様に心から感謝の祈りを捧げることができるようになったわ。  その後、私が考えたことは、この隠れキリシタンの流れをもっと広い世界に広げていったらどうかということだったわ。小娘の発想としては、ちょっと常識外れの感がないでもないけど、まあ ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第144話

 それは、終点が見つからない、結論が見出せない、底の見えない不気味なもののように私には感じられたわ。だから、余計苦しかったとも言えたわね。  でもね、悶々とした後、ある日突然というような形で、私なりに納得できたの。  何百年の歳月をかけて必死に守り続けて生きてきた、隠れキリシタンの人たちの系譜と歴史の意味は何なのかということを考 ...

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中島宏著『クリスト・レイ』第143話

 同じ隠れキリシタンの流れを汲む牛島あきさんの人生は、まるでこの世に苦しむために生まれて来たようなものでしょう。果たしてそこに、生きる上でのどういう意味があったのか、ということを考えていくと、彼女の生きた人生がいかにも不毛で、幸薄いものであったものに感じられ、そこにあるものは、滅入るような暗い気分に落ち込んでいくような雰囲気を持 ...

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