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中島宏著『クリスト・レイ』第145話

 そんなことがあってから、私は気分的にも本当に落ち着いて穏やかな気持ちになり、私のイエス キリスト様に心から感謝の祈りを捧げることができるようになったわ。
 その後、私が考えたことは、この隠れキリシタンの流れをもっと広い世界に広げていったらどうかということだったわ。小娘の発想としては、ちょっと常識外れの感がないでもないけど、まあ、世間知らずの、向こう見ずな、私らしい考えだったとはいえるかもしれないわね。
 そんな時に、あのアゴスチーニョ神父からの話が出たわけね。
 最初、ブラジルの話が出たときは正直いってちょっとまごついたところはあったわね。確かに、今村から何回にもわたってブラジルへの移民があったから、私たちにとっては奇想天外というほどの違和感はなかったけど、ただ、私なりに広い世界というのは、せいぜい台湾とか、満州といった、日本に直接結びついた場所というふうに考えていたから、その辺の差に少しまごついたということね。
 でも、考えてみたら本当に広い世界ということだったら、ブラジル以外にはないということに気付いたわけ。
 そうだ、ブラジルという長大級の広い世界があったんだ、と今さらのように思い出したわけね。もちろん、詳しいことは、私は一切知らなかったし、ブラジルという国がどんな国なのかという知識さえまったくなかったんだから、まあ、その考え方もいい加減なものではあったわね。
 ただ、アゴスチーニョ神父も行かれるということであれば心強いし、間違いはないだろうということで決断したわけね。神父のおかげで師範学校へも行かせていただいたし、宗教のことだけでなく、人生のことも随分勉強して視野が広くなった思いだったし、これはまたとない機会だと考えたわけね。
 アゴスチーニョ神父も、私のようなちょっと規格外れのような娘は、むしろ海外の方が向いていると思われたのでしょうね。生意気にも私は、それ以前にも時々神父にお願いして、例の個人的な問題を聞いてもらったり、意見を言っていただいたりしていたから、結構、印象に残っていたということもあったかもしれない。
 とにかく、あれやこれやで、慌ただしい雰囲気のまま、ブラジルへ移民することに決めたわけね。たまたまこの時期、私の叔父が家族を引き連れてブラジルへ移住することに決めていたから、渡りに船ということで、一緒に移民することに決めたの。
 親戚であれば、同じ家族構成の一員として認められたから、移民にあたっての問題はなかったわけね。
 マルコスにこんなこと言っても、よく理解できないかもしれないけど、農業移民として来る場合、家族としての労働力が基準にされるから、できるだけ大きな家族の方が有利だったし、同じ理屈で、独身者が単身で移住することは認められなかったわけね。幸いにして私の場合は、その辺がとてもうまくいったということね。

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