ホーム | 文芸 | 連載小説 | 中島宏著『クリスト・レイ』 | 中島宏著『クリスト・レイ』第149話

中島宏著『クリスト・レイ』第149話

 逆境の嵐の中で、自分の進路を変えることなく生き続けるということは、並大抵の精神力ではできないことでしょう。もちろん、強風に応じてそれなりの対応を心がけながら凌がねばならず、常に一定方向に進んでいけばいいというものでもないでしょうし。その辺りの柔軟性というか、駆け引きの呼吸も分かっていないと、ちょっとした隙から一度に強風に煽られてしまうということにもなりかねないし。考えてみると隠れキリシタンの末裔には、そういう表には出ないけど、とんでもないほどの底力が備わっていると、私は見ているの。
 だからこそ、まったく異なった環境の中に入っていっても、想像以上の強さが発揮できるのじゃないかとも思えるわ。とにかく、表面的に見せる強さではなくて、普段は目立たないけど、いざという時に、本来の力を見せるというような、そういう面が、隠れキリシタンの人たちにはあるわね。これはやはり、その虐げられた長い歴史の中から、自然に生まれて来たものだと思うの。まあ、いってみれば私もその末裔の一人であることは間違いないけど、でも、私にそれだけの強さが備わっているかと言われれば、ちょっと自信がないと言わざるを得ないという感じね。
 いざという状況になったら、本来の本領を発揮することになるでしょうと、ちょっと楽観的に考えてはいるのだけど、こういうことは、実際に逆境に立って初めて見えてくるものなのでしょうね。
 そういう時が来れば、それが証明できるかもしれないわね。マルコスが、私のことを変わり者だと見ているその裏には、案外、この隠れキリシタンの持つ特徴がひょっとして現れているのかなとも思うけど、まあこれはちょっと考え過ぎかな、フフフ、、。
 ただ、はっきりいえることは、隠れキリシタンの人々は単純明快な面を持ち合わせていないということね。気の遠くなるような歳月を、想像を絶するほどの重さを背負って生きて来たから、それなりのものが、性格の中に組み込まれているというような感じでしょうね。簡単なことでは右往左往しないし、思いつきのような流れに飛び込んでいくというような軽薄さもないわね。
 どちらかというと鈍感で、変化に対する反応も鈍いけど、その分、物事には簡単に動じない重さというものを間違いなく持っているわ。
 そのことが、このブラジルでうまく行くという保証は何もないけど、少なくとも、国の違いや環境の変化に対する免疫性のようなものは持っていると、私は信じている。
 それが必ずしも成功に繫がっていくことにはならないにしても、長期的な視野で眺めれば結局、こういう人たちは、かなり遠くまで到達できる可能性を秘めているのではないかと思うの。現状の動きにあせることなく、自分の信じた方向へ黙々と歩いていくというタイプね。
 さっきも言ったように、隠れキリシタンの人たちは、逆境を数知れなく乗り越えて来た先祖たちの流れを強く引き継いでいるから、簡単には消えていかないしぶとさを持っていることは間違いないでしょうね。
 この人たちの強さは結局、何百年と繫がって来たあのキリスト像が、変わらずにそれぞれの心の中に、今でも生き続けているということなのじゃないかしら。

image_print

こちらの記事もどうぞ