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中島宏著『クリスト・レイ』第44話

 だから、このプロミッソンのゴンザーガ地区には、いつの間にかそういう人たちが増えていって、今では八百人ほどの日本人や日系人がここに住んでいるわ。
 もちろん、それは福岡県だけでなく、熊本県とか長崎県からも、隠れキリシタンの人たちが集まって来ているから、すべてが今村からの人たちではないけど、要するにそういう人たちが集まることによって、あのクリスト・レイ教会を建立することができたということね。
 その底の所で結ばれているものはすべて、隠れキリシタンという流れに繋がっていることになるの。
 これほどの集団が出来上がっている以上、イエズス会も放って置くわけにもいかず、このブラジルにいる日本人や日系人たちの為に、日本語に堪能な、エミリオ神父とアゴスチーニョ神父をこちらに派遣したということなのね。
 ブラジルにはちゃんとイエズス会もあって、その気になれば、カトリックの教会はいくらでもあるから、そちらの教会へ行けばよさそうなものだけど、やはり、言語が分からないのと、国が異なるし習慣も違うということで、なかなかそちらの方には入って行けない雰囲気があって難しいという問題があったということのようね。
 日本語ができる神父であれば、洗礼などもすべて日本語でやってもらえるから、ポルトガル語が分からない日本人たちにはとても助かるということになるわけ。
 しかも、この二人の神父さんたちは、あのクリスト・レイ教会を建てるための中心的な役割をも担ってきていたということなの。マルコスにとっては、不思議な存在に映る二人の神父さんは、そういうことで、このブラジルに来ているというわけなの。これで少しは理解できたかしら」
「アヤの話で、少しづつ分かり始めたというところかな。もちろん、全部分かるほど簡単で単純なものでもなさそうだけど、でも、この教会のことや、それを支えている人たちのことが大分、分かってきた感じはありますね。いや、正直言って、クリスト・レイ教会にこれほどの複雑で重い物語があったということは、全然想像していなかったですね。
 そう言われてみると、この教会の個性的な形や、独特の雰囲気というものが、何とか理解できそうですね。もっともそれは、僕がアヤに聞いた物語の範囲だけのことで、実際にはもっと随分多くの事情があるということでしょうけど。でも、こういうことはまったく知らなかったね。本当に驚いたというところかな。
 ところでね、アヤのことを、つまり個人的な話になるけど、少し聞いてもいいかな」
「どうぞ。別に隠すようなこともないし、取り立てて人に話すような立派なことも何もありませんけど、マルコスが知りたいと思うのであれば、どうぞ、質問して構わないわ」
「あ、いや、別にかしこまって聞くというほどのことでもないけど、こうしてアヤからいろいろ珍しい話を聞いているうちに、ちょっと不思議に思ったのは、あなたは一体、何者かということです。隠れキリシタンのことを詳しく知っているし、イエズス会のことについても知識があるし、そういうことというのは、普通あまり知られてないでしょう。そこで、僕が勝手に考えたのは、アヤはそういう隠れキリシタン関係の教会から、特別に派遣されてきた人じゃないかということです。どうです、当たったでしょう」

 

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