ところでね、アヤ、さっきあなたは、誤解を受けるかもしれないけど、と断ったけど、その誤解というのは、どういう意味なんですか。二人の間に生じ始めているものが、つまり、波長が合うというような現象が、誤解を招くことになるんですか」
「あ、それはね、マルコス。私が言いたかったのはつまり、その、そういうことを感じ始めたということは、何というのか、言ってみれば恋愛感情のようなものに結び付いて考えられてしまうというような、そういう意味での誤解を受けるということね」
「で、そういうふうに受け止められると何か困ることがあるんですか」
「困るというほど大げさなものじゃないけど、もし、そういうふうに解釈されると、どちらにも迷惑がかかるのじゃないかという気持ちが働いたわけね」
「どちらにも迷惑という意見は、ちょっと僕には分かりませんね。仮にそれが、僕の立場から言うとすれば、それは迷惑どころか大いに歓迎することになりますね。
それと同じことは、アヤの場合成立しないということですか。つまり、アヤにとって、僕がそういう感情を、つまり恋愛感情をあなたに抱くことは迷惑だということになりますか。その辺のところを知りたいですね」
「あら、マルコスはこういう問題でも、結構はっきり物を言うところがあるわね。そういうふうに攻められると、私も返答に困ってしまうけど、その答えはちょっと複雑で微妙なところがあるわ。今、マルコスが言った、私のことを歓迎するという一言は、とても嬉しいし、実のところそれを聞いて私、すごく感激しているの。本当に感謝するわ。
でもね、マルコス、私が心配するのはやはり、そういう恋愛感情を持つことは、どちらにとってもいずれ問題が起きて、苦労しなければならないという結果になるから、その辺りのことも考えないといけないと私は思うの。あなたにはよく理解できないでしょうけど、私たち日本人の持つ人種偏見は、想像以上に強いものなの」
「つまり、ガイジンとは恋愛してはいけないということですか。それが、あなたたち日本人の間では、一種のタブーになっているのですか」
「そうね、タブーと言ってもいいでしょうね。日本人はあくまで日本人同士で結婚するのが常識というか、それがいってみれば掟のようなものになっているわね。その掟を破るものは、もう家族としては認めないというぐらいの厳しさがあるわ」
「どうしてそこまで日本人は、人種というものにこだわるのですか。このブラジルでは、世界中から人が集まって来ているから、違う人種と結婚するなどということは、別に珍しくもなんともなく、ごく普通に行われていますがね。まあ、日本に住む場合は、そういうことも分からないわけではありませんが、でも、こういうブラジルのような国に来たら、その点はなかなか難しいのではないでしょうか。いろいろな人種が混じり合うことによって、ブラジル人という国民が出来上がっていくのですから、その辺を拒否していると、日本人は孤立していくことになりませんか」
「そういう危険性も確かにあるわね。それはマルコスの言う通りだと思う。でもね、そうかといって、こういうことは、つまり日本人の思考の問題ということは、そう簡単に変えられるものじゃないから結局、まだかなりの時間がかかるということでしょうね。これは理屈じゃなくて、相当な部分、感情的な問題ですからね。その辺りが微妙なところといえるでしょうね」